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第137話 疋壇城の死闘①


     ◇


 やや時を遡り、天正七年九月二十五日。

 柴田勝家率いる織田勢三万一千余は、近江長浜から近江塩津へと軍を進め、越前国疋田へと侵攻した。


 迎え撃つ朝倉方は八千余。

 うち三千余が疋壇城守備隊であり、その陣頭指揮は疋壇城代である磯野員昌の任となった。


 残り五千余は朝倉景建の指揮下に入り、疋田の後方に配置。

 万が一敵が進路を変える可能性を考慮して、若狭方面からの侵攻に備えた。


 それらを統括するのが総大将である朝倉晴景で、本陣と定めた金ヶ崎城から出て、疋壇城へと入城。

 その日のうちに織田方は疋田に至り、開戦となった。


「まずはひと揉みして参れ」


 柴田勝家の命に、先陣を切ったのは佐久間盛政。

 その勇猛さで噂に名高い鬼玄蕃である。


「お任せあれ。疋田を攻めるは二度目。軽く捻ってくれましょうぞ」


 元亀元年の織田信長による越前侵攻の際、佐久間盛政もこれに参加して功を上げており、当時とまるで変わった疋壇城に瞠目したものの、しかし恐れず果敢に突撃を敢行した。


「十分に敵を引き付けよ」


 雲霞のごとく押し寄せる織田勢に対し、員昌は鉄砲の命中率を維持できる十五間以内に極力引き付ける。

 怒涛の勢いで攻め寄せる敵兵に対し、十五間というのはあまりに近い。

 火縄銃を構える狙撃手たちにも緊張が滲む。


「今だ撃てぃ!」


 まさに目前に迫ったところで員昌は発砲を命令。

 直属の部隊の銃口が火を噴くと、それを合図に次々に射撃が開始された。


 疋壇城に配備された鉄砲は、実に三千四百丁。

 朝倉領において、もっとも鉄砲が集中配備されていることは疑いようも無い。

 さらにここに配備されている足軽隊は常備兵の類であり、専業軍人であるため農兵に比べて練度が高く、狙撃手たちも優秀であった。


「いいか、無駄玉を撃つな! 確実に仕留めよ!」


 鉄砲の殺傷力は言うまでもなく、今や戦場の主力兵器となっていたが、やはり速射性の無さが欠点といえば欠点であった。


 これを補うために三段撃ちなどが考案され、長篠などでも使用されたが、疋壇城においては一人の射撃手に対して複数の鉄砲と助手をあてがい、これにより連射を可能としている。


 この射撃法は雑賀衆や根来衆においてすでに実践され、その効果のほどが実証されており、織田勢を大いに苦しめたという。

 それはこの戦いでも同様であった。


 織田方の猛攻はしかし城壁に届くことなく、その弾幕の前に粉砕されたのである。

 佐久間盛政率いる第一陣は半壊し、盛政自身も負傷して撤退。

 朝倉方からの追い討ちがあれば全滅していたであろう大敗北となった。


 まずは大軍を撃退したことに城兵達からは歓声が上がったが、事前に散々色葉に言い含められていた晴景や員昌はここでむしろ気を引き締める。


「敵はこちらの鉄砲の配備や練度を知らなかったゆえ、此度は馬鹿正直に突撃し、被害が甚大になっただけに過ぎん。次は対鉄砲の装備をもって押し寄せてくるぞ」


 晴景の予想通り、翌日にはすぐにも勝家は再度押し寄せてきた。

 しかし今回は竹束を大量に用意したようで、それらを前面に押し出して慎重に前進してきたのである。


「さすがは鉄砲をよく使うだけあって、対応も心得ているな」

「ではあれを使いますか」


 城壁から眺めていた晴景へと員昌が尋ねる。


「いや、あれは色葉から預かった虎の子。いよいよという時まで取っておくべきだろう」


 晴景は後方の景建へと連絡し、一千の手勢を疋壇城へと引き入れる。


「俺が行く。援護を頼むぞ」

「若殿が行かれることもありますまい。ここは拙者の出番でありましょう」

「では共に参るか」

「腕が鳴りますな」


 前日のように鉄砲による迎撃を警戒していた織田勢は、その対策として竹束を用意し、これを盾としていた。


 火縄銃はその威力は大きい一方で、弾丸が丸く貫通力が無いため、木の盾などは貫通できても束ねた竹などは貫通することはできない。

 また竹は全国どこでも調達し易いことも挙げられる。

 そのため竹束は鉄砲に対する防御として非常に有用であった。


「さてゆくぞ」


 前進してくる敵兵に対し、まずは徹底した予備射撃を行った。

 当然の如く、前進が停止する。


 頃合いを見計らって城門を開き、晴景率いる五百の手勢が戦場を疾走した。

 この間、銃声は轟いたままである。

 晴景は空砲を撃たせ続け、その音をもって防御としたのだ。


 そのまま戦場を駆け抜け、敵の最前線に肉薄すると、小さな甕を次々に投擲していく。

 それらは竹束に当たって砕け散ると、内容物であった油が所かまわずにぶちまけられていった。


「まさか、火攻めか」


 朝倉方の意図に気づいた織田の将・佐々成政は舌打ちする。

 竹束は鉄砲防御には有用であるが、燃え易く、火に弱い。

 案の定、続いて城門が開くと数百の騎馬隊が現れ、それらは全て松明を手にしていたのである。


「いかん。あれを近づけさせるな!」


 成政の指示もむなしく、断続的に続く銃声に怯んだ手勢は組織的な反撃ができず、あっという間に騎馬隊に距離を縮められ、松明の投擲を許してしまう。

 竹束は一気に燃え上がり、それを盾にして進んでいた隊列は一挙に乱れた。


 城は先に出撃した晴景の隊や、騎馬を率いた員昌の隊を即座に引き込むと、今度は空砲ではない鉄砲の猛烈な射撃が開始されたのである。


 この日の織田方の攻め手は散々に迎撃されて、撤退を余儀なくされた。

 やはり被害は甚大で、さしもの勝家も歯噛みする。


「これは何とも口惜しい」


 仮に疋壇城に大量の鉄砲が配備されていたとしても、それが単独の城であるならば、物量に勝る織田方はたとえ効率は悪くともこれを包囲することで、無力化することができるだろう。


 完全包囲に至れば兵糧攻めもできるため、いずれは陥落することになる。

 もちろん後詰があるだろうが、それを迎撃するだけの兵力はある。


 しかし疋壇城は城といっても巨大な関のようなもので、そもそも包囲が不可能だ。

 その背後からはいくらでも補給ができるからである。


 これを突破するにはやはり力攻めをするか、もしくは調略によって内部から崩すしか方策は無い。

 とはいえ朝倉方は士気高く、また諸将の忠誠は高いとされ、これも今から仕掛けるには難儀するだろう。


「柴田様。この突破は容易ではありませぬぞ」


 陣中にてそう言うのは前田利家である。


「先刻承知。されどここは一歩も退かぬ。前進あるのみ」


 家中随一の猛将である勝家なればこぞ、ここで引き下がるという選択肢は無かった。


「敵は寡勢。こちらは万余の大軍。敵に休む間も与えず波状攻撃をもって必ずこれを落としてみせよう」

「されどこちらの被害も無視できぬものになるかと心得るが」

「それはいつ攻めようと同じこと。なればここで必ず攻め落とすことこそが、もっとも被害の少ない手段であるぞ」

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