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第131話 思わぬ来訪者


     /色葉


 天正七年十月。


 各地の戦況が次々にわたしのもとに届けられていた。

 丹波亀山城に居座ったままのわたしは、やや悶々としながらその報告を確認する日々を送っていたのである。


 今回の朝倉の上洛に端を発した各地の戦乱は、実に多い。

 まず上洛開始と共に、同盟国であった武田家が上野国に侵攻して完全にこれを平定。

 奪われた北条は当然怒り、二度にわたって兵を差し向けて、沼田城において激戦が展開された。


 これは守将であった内藤昌豊の奮戦や上杉景勝自らの援軍もあって、第一次、第二次ともに沼田城の戦いにおいては武田方が北条勢の撃退に成功している。

 これはいい。


 次は丹波であるが、これは以前から調略していた松永久秀がこちらに呼応したことにより、あっさりと手に入れることができた。

 しかしこれは当然、織田との対決という流れになる。


 わたしは一軍を率いてまず若狭を急襲し、これを制圧。

 急ぎ戻ろうとしていた丹羽長秀を朽木谷で捕捉して壊滅させ、完勝する。


 そのまま一気に南下して京を北から急襲。

 しかし同時期に信長は自ら軍を率いて丹波に残った朝倉本隊に攻撃を仕掛け、これに勝利した。

 桂川の戦いである。


 そのためわたしは急ぎ京を侵し、二条城を攻めた。

 信長は即座に引き返し、洛中にて交戦に至ったが、一時停戦となって朝倉方は丹波へと撤退し、以降は織田と睨み合う膠着状態となったのである。


 こうなった原因はわたしに起因しており、やや面目ない気分でもあった。

 しかし情勢はこのまま落ち着くわけもない。


 まず信長は戦局打開の一手として、飛騨侵攻を目論んだ。

 これを自らではなく、徳川家康にやらせたのである。


 松倉城にて迎え撃ったのは武藤昌幸。

 昌幸は援軍要請はせず、独力でこれを撃退。

 家康は尻尾を巻いて逃げ出したという。

 史実においては因縁の二人であるが、どうやらこの世界でも家康は昌幸と相性が悪いらしい。


 この徳川の敗退を武田が見逃すはずもなく、むしろこの好機を狙って武田勝頼が挙兵。

 第二次西上作戦を発動し、徳川領へと侵攻を開始した。


 この遠征が成功するか否かは織田の援軍にかかっており、これを引き付けるために有用であったのが伊賀国で発生させた騒乱――天正伊賀の乱である。


 この乱の発生を史実から予想していたわたしは、近江侵攻の際に六角義治と会見し、誼を通じて伊賀にて乱が発生した際にはこれを支援するよう、要請していたのだ。

 それが功を奏してか、わたしが知る史実以上に乱は深刻化したといっていい。

 また同時に丹波にあった朝倉勢は、後背である丹後平定のため、久秀を差し向けこれを完遂させている。


 が、信長も黙ってはいない。

 柴田勝家を総大将とする大軍が越前国へ向けて侵攻。

 疋田にて迎え撃つのは我が夫、朝倉晴景である。


「しかし、もどかしいものだな……」


 今、わたしにできることはさほど多くない。

 こうして亀山城で悶々としていることくらいである。

 もちろん、ここでこうしていることで、織田の主力を引き付けており、他の情勢に大きな影響を与えていることは事実である。


 しかし、やはりもどかしい。

 気分転換に打って出て、京でひと暴れしたい気分であるが、身体に障るといわれてろくに散歩もできない始末なのだ。


 やれやれ、である。

 乙葉や雪葉がいれば話し相手にもなってくれるのであるが、二人とも傍にはいない。


「――姫様」


 そんなわたしの元に、しずしずと進み出たのは華渓だ。

 越前の晴景の元に遣わせた雪葉が、急ぎ送って寄越したのである。

 予想以上に早く亀山城に入ったことからも、雪葉にそうとう言い含められたのは想像に難くない。

 雪葉って怖いところあるしな。


「ん、どうした?」

「言付けを預かっております」

「言付け、だと?」


 わたしは訝しんで華渓を見返した。

 聞けば華渓のやつ、わたしの身の回りの世話をしつつ周囲の身辺警護までこなしていたらしい。

 そんなことをわたしは命じていないから、雪葉の命によるものだろう。


 華渓の見た目は普通のひとであるが、その実わたしの妖気とアカシアによって妖となった存在だ。

 乙葉や雪葉ほどではないものの、雑兵や木っ端武者程度では束になっても叶わない存在である。


 そんな華渓は城内だけでなく城外にも目を配り、曲者らしき者を捕らえたのだという。

 織田方の者であると判断して拷問しようとしたが、その使者は黒田家臣・井上之房と名乗り、わたしへの面会を求めたというのだ。


 華渓は面会自体は拒否しつつも判断に窮し、伝言を預かってわたしの元に報せに来た、という次第であった。


「井上というのはよく知らないが、黒田家臣というのは……つまりあの男の配下、ということか?」


 黒田といえば、真っ先に思い出すのは黒田孝高である。

 わたしが有岡城から助け出し、家臣になれと迫ったが断ってきた奴だ。

 それがここで接触してきた、というのはどういうことなのだろうか。


「で、その井上何とかというのはどうした?」

「捕らえて隔離してあります。ご命令とあればすぐにも処断致しますが」

「いやいや。最低限、丁重に扱え」


 まったく華渓も雪葉の教育のせいか、冷淡で怖い部分を受け継いでしまっている。

 まあ……その雪葉だって、元はアカシアに教育やら何やらを任せたせいで、ああなってしまったわけで……アカシア自身が一番、物騒な思考をしているんだけどな。


 それにしてもアカシアのやつ、少しも口を利かなくなってしまったけど、本当にどうしたのやら。


「で、言付けとは何だ?」

「主が直接会いたいと、そうお伝えするようにと」

「主、か」


 黒田孝高で間違いないだろう。

 あの男はわたしの誘いを断って秀吉を選んだのだ。

 つまり織田方の将である。

 華渓が警戒するのも当然だろう。

 当然わたしも警戒した。


 が、興味もあった。

 この展開はまるで想定になかったからだ。

 あの男が今更一体何の用なのか。


「ん、なら会おう」

「しかし姫様……」


 当然のごとく華渓は難色を示してきた。

 危険である、と言いたいのだろう。


「心配するな。あの男には貸しがあるからな。これが罠であるとは思わないでおく」

「ですが……」

「雪葉に色々言われたんだろうが、決めるのはわたしだ。それとも逆らうか?」

「い、いえっ。滅相もございません!」


 びくりと身体を震わせて、華渓はその場に平伏した。

 華渓は雪葉に預けてあるが、造物主はわたしなので基本的には絶対服従である。


「そのようなことをすれば、私は雪葉様に殺されてしまいます!」

「お前はわたしのものだから、雪葉もそんなことはしないとは思うけど」


 思うが、まあ激怒はしそうだな。

 何と言ってもあの乙葉ですら、雪葉には頭が上がらないのである。

 華渓にとっては言わずもがな、だ。

 そう考えると、やや可哀そうに思って華渓を慰めていた。


「板挟みは何かと大変だろうが、うまくやってくれ。お前の働きは雪葉にも伝えておく」

「――ありがたき幸せにございます!」


 まったく仰々しいな。

 やれやれ。


「で、会うにしても城内はまずい。適当に近場で見繕ってくれ。向こうがもし用意しているのなら、それに合わせてもいい」

「確認いたします」

「よしよし」


 悶々しているのも飽きていたし、変化が欲しかったのは正直なところである。

 そういった意味で、この密会は渡りに船であったと言えるだろう。

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