第107話 若狭侵攻
/色葉
天正七年の六月。
松永久秀の朝倉への臣従は、各地の戦火の狼煙となった。
久秀がわたしに降り、丹波が朝倉の手に落ちたことで、信長は有岡城を攻めさせていた明智勢約三万余を、急遽京へと呼び戻すことになる。
これは間に合うことになった。
京を指向する様子をみせていた朝倉勢が、即座に動かなかったからである。
当然これはわたしの指示だ。
待っていたのは摂津の荒木勢である。
事前に久秀を通じて村重をたき付けていた甲斐あって、朝倉の京侵攻に荒木勢は呼応。
有岡城を出て西より京に進軍することになる。
これを待って、景鏡率いる朝倉勢は京に向けて南下。
朝倉勢二万余と荒木勢八千余の合計二万八千は、桂川を挟んで織田勢三万三千余と対峙することになる。
一方、飛騨では信長の打っていた策により、徳川家康と織田信忠が侵攻を開始。
武藤昌幸の固める松倉城へと進軍した。
この時点で飛騨侵攻の報は未だわたしの元には届けられてはいなかったが、何かしら動くであろうことは予想できたことである。
この信長の一手が、後に武田勝頼を動かすことになる。
また時を同じくしてわたしの率いる朝倉本隊は、若狭への侵入を果たしていた。
目指すのは若狭国の拠点である、後瀬山城である。
「姫! 進軍が速すぎますぞ。これでは後続の者がついてこれますまい!」
わたしにそう諫言するのは副将としてつけた、北条景広である。
この男は元上杉家臣であったが、御館の乱を経てわたしに降伏し、その家臣になった北条父子の息子の方だ。
多少無理をして従わせたこともあって、わたしへの忠誠は未だ薄い。
なので今回、敢えて北条父子を先陣に組み入れ、わたしの副将としたのである。
「構わん。遅れる者は置いていけ。……まあ、わたしが選んだ先鋒の中に、落伍する者などいないと思うがな?」
わたしの気迫の前に、景広でさえ多少なりとも恐れを抱いたらしい。
その顔に緊張を滲ませたのを見て、わたしは笑う。
「どうした景広? わたしの後ろにいては手柄など立てられないぞ?」
その挑発に応じてしまうのが景広である。
女子ごときには負けられぬとばかりに前へ出、兵を叱咤して突き進む。
わたしが急いでいるのは他でもない。後瀬山城を急襲するためである。
どれほど寡兵であったとしても準備万端で迎え撃たれては、城というのはそう簡単には落ちないものだ。
かつてわたしも経験した長篠城がいい例である。
しかし不意を突き、その一角を崩してしまえば案外脆いもの。
後瀬山城は元々若狭武田氏の居城であったものの、丹羽長秀が若狭に入ってから大幅に改修して強化されており、これにまともにぶつかるのはうまくないと考えていた。
その丹羽も恐らく若狭に向かって京から急行しているはず。
これに先んじて後瀬山城を攻めるには、とにかく急ぐ必要があったのだ。
何せ丹波から若狭に至る道は険しく、どうしても大軍による進軍には時間がかかってしまう。
理想をいえば丹羽勢が若狭に戻るまでに、後瀬山城を落として若狭一帯を平定することが望ましい。
「そろそろ頃合いだな。乙葉」
「出番? 色葉様」
わたしに声にすぐにも反応して飛んできたのは乙葉である。
この強行軍の中にあって、少しも疲れた様子をみせていない。
「お前の足ならば、今からでちょうどいい。景建に出陣させるよう、伝えろ」
「そのまま妾も戦場に出ていいの?」
「好きにすればいい」
「任せて♪」
喜び勇み、乙葉は一人軍勢から抜け出して先行する。
向かうのは敦賀。朝倉景建の金ヶ崎城だ。
前々からの打ち合わせ通り、景建はすでに出陣準備を終えてわたしの命を待つばかりのはずである。
「さて……これでどうなるか」
若狭侵攻はとにかく奇襲や陽動を駆使して、如何に相手の隙を突くかという戦になった。
まず敦賀の朝倉景建が若狭に侵攻。
その数三千。
この時、丹羽の留守を預かっていたのは丹羽家の重臣・坂井直政である。
景建の侵攻に対し、どう動くか。
迎撃に出るか、それとも後瀬山城に籠るか。
わたしとしてはどちらでも良かった。
籠城するのならば、その間にその周辺を景建に抑えさせ、わたしの到着を待って一気に後瀬山城に挑む。
もし迎撃に出るのであれば、これは陽動が成功したことになり、その隙を狙って後瀬山城を急襲する。
もっとも迎撃に出るということは、こちらの接近に気づいていないともいえる。
結果として、丹羽勢は迎撃に出た。
率いる将は丹羽家臣の中でも名将として知られる江口正吉。
江口は主力を率いて丹羽家臣・粟屋勝久の守る国吉城付近に陣を張り、景建の軍勢と対峙するに至った。
越前国から若狭国へと侵攻する場合、まず国境である関峠を越える必要がある。
そこから西進し、若狭国深部へと至るには、続けて椿峠を越えなければならない。
その軍事上の要衝に築かれたのが、国吉城である。
ここはかつて朝倉氏が幾度も若狭へと侵攻した際、その激戦地となった場所だ。
当時、若狭武田氏の家臣であった粟屋勝久によって国吉城は築かれ、朝倉勢の侵攻を悉く防いだという。
そのため今回もまた、同様の流れになった、という次第だろう。
景建は苦戦するだろうが、しかしその目的は陽動である。
後瀬山城から主力が援軍として出た以上、城はほぼがら空きである。
わたしの先陣が若狭国を侵した時点で、その知らせは江口らにも伝わったであろうがもう遅い。
わたしは休む暇も無く兵を進ませ、一気に後瀬山城に肉薄。
自ら先頭に立って吶喊してみせれば、泡を食った景広が負けじとばかりに突撃していく。
当然抵抗はあったものの、城兵が少ないことや不意打ちにより士気が下がっていることもあってか、予想外に温いものだった。
とはいえ後瀬山城は規模も大きく守りも固い。
体勢を立て直されると厄介なので、とにかく兵力に物を言わせて波状攻撃を仕掛け、ついには城代であった坂井直政は討死。
半日をかけずにこれを陥落させることに成功したのである。
「……とんでもないお方ですな、姫は」
久しぶりに暴れに暴れたわたしは返り血で真っ赤に染まっており、景広も呆れたようにそう洩らしたものだった。
「ん、そうでもないぞ。お前が兵の指揮を受け持ってくれたから、わたしは一兵卒として暴れることができたからな。なかなか愉しめた。褒めてやるぞ?」
「はあ……」
総大将とは名ばかりで、常に先頭に立って暴れていたわたしに何かあっては一大事と肝を冷やしていた景広である。
「これでは上杉も長くはないな……」
この時景広が洩らした一言は、後々からみれば真実を言い当てていたと言えなくも無いかもしれない。
ともあれ、だ。
「休んでいる暇は無いぞ? すぐにも城を出ていた部隊が戻ってくる。これを迎え撃つ」
江口の隊は、恐らく後瀬山城救援のために取って返しているだろうが、自身は陽動と心得ている景建が散々に邪魔をした結果、間に合わなかったことは言うまでもない。
それでも戻ってきていることは間違いないだろう。
「後瀬山城が落ちたと知れば、近江に退却するかもしれませぬが」
「そんなことは許さん」
当然とばかりにわたしは言い放つ。
「こちらに向かっている丹羽勢と合流されると面倒だからな。まずは近江に通じる街道は封鎖だ。そのために大軍を連れてきたんだからな」
「とはいえ姫が急がせ過ぎたこともあり、本陣は未だ若狭に入っておりませぬし、第二陣の山崎殿は姫が素通りされた高浜城の攻略にかかっているはずですが」
「景成め。遅れるとはいい度胸だ」
わたしの尻尾が不愉快げに動く。
「そ、それでも明後日には本陣も到着するかと思われますが」
わたしの不機嫌を見とってだろう。
ややとりなすように景広が言う。
わたしが暴れるとどうなるかは、今もって知ったばかりである。
「ふん。景忠はともかく景成は仕置き決定だな。せっかく大将に据えてやったのに、城一つ落とせないとは……」
愚痴をこぼしていると、どんどんと腹が立ってきた。
戦勝の気分などどこかへ行ってしまったほどである。
「むしゃくしゃしてきた。景広、付き合え。残敵を捻り潰すぞ?」
「今すぐに、ですか……?」
「なんだ。嫌なのか?」
「い、いえ――」
「なら付き合え。高広の隊には街道封鎖を優先させろ。いいな?」
「……かしこまりました」
こうやって景広もまた、わたしに毒されていくことになるのである。