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第102話 丹波亀山城


     /


 色葉が本能寺を出た後、残された織田家臣たちはその場に居座ったまま、紛糾していた。


 当然の流れとして、色葉の傲慢な態度に憤慨する者が多数であったことは間違いない。

 即座に朝倉討つべし、といきり立つ者もいたくらいである。


 しかし一方で、その為人に警戒した者がいたことも事実であった。

 例えば滝川一益などが、そうである。


「明智殿。貴殿は越前に使者として向かわれたという話であるが、あの姫とは話されたのか?」


 会見中、ずっと黙していた光秀へと、一益は声をかけた。

 織田家中であの色葉姫と事前に面識があった者は、使者として越前に赴いた村井貞勝と明智光秀しかない。


「いくらかは」


 言葉は濁したものの、織田と朝倉が交渉中の間、光秀はいったん安土に戻った貞勝に比べて長い間、北ノ庄に滞在していたのである。


 その間、色葉と話す機会はままあった。

 むしろかなり付き合わされたと言ってもいい。


「その貴殿からみて、あの姫をどう思う? 忌憚の無いところを聞かせて欲しいのだが」

「……あれは油断できぬ姫である。妖と混じっているからかどうかは分からぬが……」

「危険であると?」

「そうは思われなかったか?」


 逆に聞かれ、一益は確かにと振り返る。

 会見は僅かなものであり、友好的な雰囲気など微塵も無く、これでは朝倉家が臣下の礼をとったとはとても言えないだろう。

 むしろ宣戦布告に近いとすら思えた。


「越前が手薄になることを承知で、五万もの兵で上洛してくるとはな。これをただの愚将とみるべきか、猛将とみるべきか……」


 一概に答えは出せないものの、愚将とするにはあまりにもあの雰囲気は異常だった。

 時折見せた、あの表情。

 いくたびも戦場に出た一益でさえ、悪鬼の類ではないかと思ったほどなのだから。


「――殿、如何なさるおつもりです? このまま松永成敗を朝倉に任せては、丹波を取られかねませぬぞ」


 上座で家臣の反応を眺めていた信長へと言上したのは、筆頭家臣でもあった佐久間信盛である。


「お待ちを。丹波は明智殿ですら容易に落とせなかった国である。いかな朝倉勢といはいえ、即座にこれを落とすことは叶いますまい」


 口を挟んだのは村井貞勝だった。


「しかし村井殿。あの態度、あれでは敵も同然ではないのか」

「かもしれぬ。されど今も申した通り、時は稼げましょうぞ。さればその間に摂津を平定し、畿内をまとめることが可能になると言える。その間に佐久間殿が本願寺を降しさえすれば――」

「まさか拙者の不手際とでも申すおつもりか!」

「やめよ。騒々しいぞ」


 口論に発展しかけたところで、信長がうるさげに制した。


「皆も見たと思うが、あれはなかなかの難敵であろう。俺はやや侮っていたらしい」


 主のそんな発言に、家臣一同は息を呑む。


「殿、あのような小娘如き――」

「信盛、そなたはあれに勝てるか?」

「勿論でございますぞ!」

「いいだろう。事が起こった時には、お前に先鋒を任そう」


 信長のそんな発言に、慌てたように光秀が口を挟んだ。


「まさか背後を襲うとおっしゃられますか?」

「その気は無い。事が起これば、と言っただろう? 当初の目的通り、朝倉が久秀と対峙している間に畿内をまとめる。その時に朝倉が手間取っているようならば、協力するも良し、背後を襲うも良し。そうだろう?」

「それは……そうかもしれませぬが」

「不服か?」

「……いえ」


 信長の言は、合理的である。

 朝倉家があのような態度を見せた以上、現段階で素直に臣従することはありえない。

 となれば差し当たっては利用するだけ利用し、状況に応じて使い捨てるなり何なりするのが最善だろう。


 どちらにせよ今は時が欲しい。

 であれば、今すぐ朝倉勢を襲うのは下手を打つようなものだ。


「しかし、だ」


 そこで信長はやや考え込む素振りをみせた。


「あれは侮れぬ。このまま素直に久秀の征伐に向かうとは限らんぞ?」


 その危惧は当然のものとして、家臣一同に受け入れられた。

 こちらが背後を襲う算段をしているうちに、逆に横面を突かれるかもしれない、ということだ。


「とはいえ殿。それは朝倉勢にとってもあまりに危険な行為でしょう」


 杞憂ではないかと発言する者もいた。

 重臣の一人、丹羽長秀である。


「ここで我らを奇襲すれば、あるいは勝ちを得られるかもしれませぬ。されどここは兵站もままならぬ敵中。例え京を得たとしても、孤立して軍は瓦解しましょうぞ」

「さて、そうであれば良いがな……。ともあれ、だ。念には念を入れておいた方が良かろう」

「と、申されますと?」

「家康に書状を送るとしよう」


 織田家にとって、東の脅威はやはり武田家である。

 これを同盟国である徳川家が牽制しているため、織田家は比較的西方に傾注することができているといえるだろう。


「勝頼は関東方面に出張っているようだからな。好機ともいえる」

「……徳川に動いてもらうということですか」


 長秀に聞かれた信長はさて、と嘯いてみせた。


「念には念を、だ」


     /色葉


 四月二十五日。


 かねてからの予定通り朝倉勢五万余は、丹波国へと軍を進めた。

 亀山の地へと入ったところで進軍を停止させたわたしは、丹波攻略の橋頭保とするために新たな城の普請を命じることになる。


 荒塚山に築かれることになったその城の名称は、丹波亀山城。

 光秀が越前に使者として来ていた時に、丹波について色々聞いたのであるが、その光秀が丹波攻略の際に本拠とすべく目ぼしをつけていた地でもあった。


「この調子ですと、ずいぶん早く完成しそうですね」

「急がせたからな」


 雪葉の言葉に、わたしは頷く。

 五月中旬に差し掛かり、亀山城はすでに城の全容が見えつつあるところまでこぎ着けていた。


 最初からこの地に城を築く予定だったわたしは自ら縄張りをし、引き連れてきた五万の兵を総動員して作業に当たらせたものだから、その作業速度は相当なものである。

 越前であちこち城の普請をさせた際の経験が役に立ったことは、言うまでもない。


「しかし敵中で堂々と城作りとはのう」


 一緒に眺めていた景鏡がやや呆れたようにつぶやくので、わたしは人の悪い笑みを浮かべてみせた。

 朝倉勢が丹波に侵攻したというのに、松永久秀からの迎撃行動は一切無かった。


 こちらは約五万の大軍であるのに対し、松永勢はせいぜい一万。

 一見すると、大軍に恐れをなした久秀が八上城に籠城することを選んだ――そのように見えなくもない。

 実際、光秀が丹波に侵攻した時の波多野氏は、籠城を選んでいる。


 が、真実は違う。

 わたしはすでに久秀と通じている。

 今のところ敵同士の振りをしているが、それもこの城が完成し、その他色々と配置を終えるまでのことだ。


「ここは京に攻め入る際の最前線の拠点となるからな。急がせてはいるが、手は抜かない。それにどうせ費用は織田の連中がもってくれるわけだし、それを思うと痛快だが」


 くく、と笑いを押し殺していると、雪葉に尻尾をつままれてしまった。


「姫様、その人相では人心が離れると何度申し上げたら分かるのですか」

「む……。いいじゃないか。誰か見ているわけでもないし。なあ、乙葉?」

「雪葉ってば知らないの? 色葉様にその顔でいじめられたいって言ってる兵どもなんて、いっぱいいるのに」

「そ、そうなのか?」


 乙葉の発言に、むしろ驚いたのはわたしである。


「うん! 妾は時々雑兵に混じって戦場に出るから、色葉様がとても人気者って知っているの」


 人気があるのはいいが、変な嗜好で人気があるのは……ちょっと遠慮したい気分だ。


「しかし信長がよく費用を出したものだな」

「別に大したことをしたわけじゃないぞ、父上。ここに城を築く構想は元々あったんだ。本来なら光秀がするはずだったのを、わたしが代わりにやっているに過ぎない。もちろん光秀を通して、織田に銭を出さすように仕向けはしたがな」


 史実においてここに丹波亀山城を築くのは、紛れも無く光秀の奴である。

 ともあれここに城を築くことは、戦略的に大きな意味があるのは間違いない。

 丹波国を支配する上でも、京を牽制する意味でも、この地に大きな拠点があることは重要だからだ。


「とはいえ時間はかけられない。この機とばかりに信長の奴、摂津への攻勢を強めているからな……。有岡城はそう簡単には落ちないだろうが、村重がどう動くかは分からないし、事は早い方がいい」


 久秀とは通じているものの、有岡城の荒木村重とは直接通じてはいない。

 信長としては、朝倉が久秀を牽制している間に何としても摂津を平定したいところだろう。

 あわよくば、そのまま石山本願寺もどうにかしたいはずだ。


 朝倉家にわざわざ上洛させた以上、当然の戦略である。

 であるのならば、その思惑通りにさせないことこそが、肝要となってくるわけだ。


「乙葉。一度久秀の所に行って来てくれ。これまで極力接触を持たないようにしていたが、六月までには動く。若狭方面の情報も欲しい。正信と一緒に行け」

「任せて!」


 尻尾をぴん、と立てて、待ってましたとばかりに頷く乙葉。


「雪葉は乙葉の代わりに父上の護衛をしろ。わたしの護衛は景成にさせればいい」

「承りました」


 乙葉とは対照的に、淑やかに頷く雪葉。


「さて……」


 もう少しで事が動き出す。

 その時になって信長がどう動くかは未知数ではあるものの、ここまで来て負ける気も無かった。

 後は愉しむだけである。


「これから面白くなりそうだ」

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