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第101話 本能寺の会見


     ◇


 四月二十四日。


 わたしは予定通り、本能寺へと入っていた。

 本能寺は法華宗本門流の大本山であり、信長が京滞在時の宿所としている寺である。


 信長がここを宿所に選んだ理由はいくつかあるらしい。

 一つはその安全性。

 本能寺の寺地は非常に広く、周囲は塀や堀で囲まれており、下手な城よりも強固で防御力の高い作りになっていたこと。


 また本能寺八世である日承上人に信長が帰依していたこと。

 またこの日承上人は皇族の出であり、皇室との繋がりを重視していたこと。

 また本能寺は種子島でも布教活動を行っており、この時代の重要な武器であった鉄砲や火薬と縁が深かったことなど、色々あるらしい。

 確かに立派な作りで、信長が滞在する場所としては打って付けだろう。


 妙覚寺まで出迎えに来た村井貞勝の案内のもと、すでに待ち構えていたわたしや景鏡を始めとする朝倉家の一行は、無事に本能寺へと到着。

 すぐにも信長へと目通りすることになったのだった。


 通された一室には、主だった織田家中の者が揃っており、こちらを値踏みするかのように睥睨している。

 わたしと景鏡のみが通されたが、用意されていた席は明らかに下座だった。

 まあ今回の上洛の条件に、信長への挨拶、というのが含まれていた以上、予想できた展開ではある。


 今回の信長への挨拶は、下手をせずとも朝倉から織田への臣下の礼ととられなくも無い。

 席次とは、それだけで身分の差が明確に表れてしまうからだ。


 とはいえ想定されていたことでもあるので、わたしは構わずに下座についた。

 その後ろに、景鏡が座す。


 わたしの噂は織田家中でもある程度流れていたのだろう。

 明らかに景鏡よりも前に出たわたしの態度に場はざわついたものの、多少のものでしかなかった。


 そして待つことしばし。

 足音がして、上座へと信長が無遠慮に入って来る。


 それに合わせて織田の家臣どもが頭を下げるが、わたしはそれに倣わない。

 当然景鏡もだ。

 そんなわたしたちの態度に物申したげにする家臣連中を、構わん、と制したのは信長自身だったが。


「そなたが噂に聞く色葉姫か。なるほど実に物珍しい容姿である」


 どうやら昨晩のお忍びは、無かったことにするつもりらしい。


「それは褒めているのならば、感謝しよう。わたしが朝倉色葉だ。織田家の家臣どもよ、見知っておくがいい」


 開口一番のわたしの発言に、無礼なと言い出す輩が出てきたのは、まあ当然の流れではある。


「なるほど。矜持高き姫のようだ。こちらも名乗っておこう。俺が織田信長である」

「久しぶりですな、織田殿」

「景鏡殿か。義景の首を持参した時以来か?」


 その言に皮肉が無かったと言えば嘘になるだろう。

 かつて景鏡は義景を自刃に追い込み、その首をもって信長に降伏し、その不忠振りを織田家臣の連中に嘲弄された経緯がある。

 当然この中にも、景鏡のことを見知っている者がいるはずだ。


「然様ですな。聞けば義景様の首は薄濃にして下さったとか。まことにありがたき限り」


 この席においても景鏡への織田家臣どもの視線には、やはり軽侮が見え隠れする。

 しかしそんなことで動じる景鏡でもない。

 かつて信長が朝倉義景や浅井久政、浅井長政らの三つの首を薄濃にしたという話を持ち出す余裕振りである。


「相変わらず肝の太い男であるな。しかし……今の朝倉家は面白きことになっているようだ」


 わたしと景鏡を見比べて、信長はそう言う。


「噂では、色葉姫が朝倉の実質的な当主であるとか。それはまことか?」

「如何にも」


 迷うことなく、景鏡は頷く。


「わしは飾りに過ぎませぬな」


 自嘲する風でもなく、むしろ誇るように答える景鏡。


「ふむ……。何やら化かされている気分でもあるが、まあ良い。ともあれ此度の上洛ご苦労。聞けば五万余の軍勢と共に参られたとか。いささか驚いたぞ?」

「賊の討伐とあれば、多すぎるということもないだろう」


 ぞんざいに、わたしは答える。

 五万もの兵をもって京に入ったことで、朝倉の威容はすでに広まりつつあった。

 この規模の兵力ならば、織田家といえども即座に対応できない規模のものだからだ。


「しかしそれほどの兵を動かしては、領国の守備が手薄になるのではないか?」

「さて、どうかな?」


 まともには答えず、わたしは挑戦的な笑みを浮かべてみせる。

 実際、手薄である。

 五万というのは今の朝倉家にとっても大動員だからだ。


 守備のために多少は留守兵を残してあるとはいえ、あくまで多少、である。

 とはいえそんなことを素直に答える必要も無いだろう。


「わたしは朝廷の要請に応じ、丹波の平定に来たまでのこと。織田への挨拶は、まあついでのようなものだ。どうしても来て欲しいとせがむものだから、来てやったまで」


 わたしの挑発的な発言に、またもやいきり立つ織田家臣。

 が、無視である。


「ふむ。そういえば久秀の処遇を一任せよとの約定があったが、あれをどうするつもりか?」

「使えるものなら使う」

「しかしあれは難儀な男であるぞ? 靡くようで靡かぬ。腹の内も読めぬしな」

「餌付けし損ねただけだろう」

「姫ならばできると?」

「さて、そんなことは知らない。靡かないのなら、手を噛まれる前に打ち殺すだけだろう?」


 そこでわたしが見せた表情に、場は静まり返った。

 いつも朝倉の家臣どもを引かせている、邪悪なあれ、である。

 ついいつもの癖でそんな表情を浮かべたことで、やはり例外無く織田家臣の連中も引いてしまったようだった。


「なるほど……。噂に勝る女子であるようだな。これでは久秀も仕舞いであろうよ」


 そんな中、さすがに信長は平然としていた。

 それも当然だろう。

 わたしよりもなお厄介であろうあの鈴鹿を手元に置いている奴だ。

 ちょっとやそっとで動じるはずもない。


「して、出陣はいつと心得られている?」

「明日にも」

「ほう。それは頼もしい」


 上洛したこの数日の間に、わたしは公家連中の相手で忙殺されてはいたが、他の諸将らには洛中の地理について、詳しく下調べをしておくように命令してあった。

 これは後々役に立つと踏んでである。

 それもある程度終了した以上、早々に事を開始した方がいい。


 何だかんだ言ってもやはり、こちらは遠征軍である。

 時間をかければかけるほど疲労するので、行動は迅速であるべきだ。

 とはいえ長丁場にはなるだろうがな……。


「さて、約定にあった義理はこれで果たしたか? 後は久秀を降せば上洛の要請に応えたことになる以上、長居は無用。これにてお暇させてもらう」

「もう行かれるのか」

「朝倉と織田は元より敵同士。和睦した記憶も無いが?」

「……然り、だな」


 わたしの徹底した愛想の無い物言いに、信長は苦く笑ってみせた。


「今より松永久秀成敗に向かう。その背後を襲いたければ襲ってもいいぞ? 何しろ朝倉を滅ぼす絶好の機会であるからな。それならばそれで、いくらでも相手をしてやる」


 どこまでも挑発的な言葉と邪悪な笑みを土産にして。

 わたしは颯爽とその場を辞したのだった。


     ◇


「色葉よ、あれはやり過ぎであろう」

「やり過ぎかと思います。姫様」

「もう少しやりようがあったのでは、と思わなくもないのですが」

「あ、あれでは信長殿が怒り狂いませぬか心配ですぞ……」

「あはは。色葉様らしくて素敵!」


 戻るなり、話を聞いた家臣どもに囲まれて責められる羽目になってしまった。

 やれやれ、といった様子の景鏡に、また悪い癖を、と言わんばかりの雪葉。

 冷静に突っ込んでくる正信に、胃を痛そうにしながらそれでも不安を口にする頼綱。

 強気でわたしを褒めてくれるのは乙葉くらいのものである。


「……うるさい。侮られないように、と思っていたら、ああなってしまっただけだ」


 思い出してみれば、あれでは織田家に喧嘩を吹っ掛けに行ったようなものではないか、と冷静に分析してしまう自分がいて、つい尻尾を持って顔を隠してしまう。


 失敗した、と思っているわけではないものの、正信ではないがもう少しうまいやりようもあっただろう。

 せっかくの容姿なのだし、徹底して愛想を振り舞いて、好感度を上げるという策もあったはずなのだ。


「だってお前たち、わたしが丁寧に話すと気味悪がるくせに」


 ちょっと拗ねてやる。

 甲斐に行った時がまさにそれで、少しは傷ついたのだ。


「ま、まあとにもかくにも明日には出陣なのですから、気を引き締めて参りましょうぞ!」


 わたしの機嫌が急降下で悪くなっていくのを見とった頼綱が、すかさず話題を打ち切ってくれた。

 相変わらず機を見るに敏な奴である。

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