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第100話 織田鈴鹿(後編)

「わたくしは人ならぬ身なれば、時折転生いたしますので……。ここ最近では百年ほど前でしょうか。足利義教様にお仕えしたこともありました」

「足利義教?」


 わたしは首を傾げる。

 足利というと、室町幕府の将軍の家系だろうけど。


『足利義教とは室町幕府第六代将軍の名です』


 即座にアカシアが教えてくれた。


『正確には今から百三十年以上前に没した人物です』


 なるほど。

 何をやっていた人物かは分からないけど、幕府の将軍であった以上、この日ノ本に君臨していた存在であったことは間違いないだろう。


 そういえばこの女、以前会った時に日ノ本が欲しいとか言っていたよな。

 でも今の時代、群雄が乱立していて誰か特定の人物が支配しているわけではない。

 だからこそ、その可能性の高そうな人物を見込み、それが織田信長だったというわけだろうか。


「結局、お前は裏からこの国を支配したい、ということか」

「別にひとの支配などに興味はありません。ただ、静かに君臨していたいだけですわ。だって……そうでしょう? ひと如きに支配されるなど我慢がなりませんし、それが嫌であるのならば、わたくしが最も高い位置にいるしかないのですから」

「……ふうん。まあ、それについては同感だな」


 素直にわたしはそう思った。

 わたしが天下統一などを目指し始めたのは、まずこの女のせいである。

 こんな奴に天下を取られるくらいならわたしが取ってやる――とまあ、そんな子供じみた発想が、まずきっかけだった。


 今でもそう思うが、それはさておき、わたしの望みは誰にも邪魔されずに静かに読書ができる環境を得ることである。

 かといって隠棲してしまうのでは、生活が不便で失うものも多い。


 この時代で手っ取り早く、それなりの環境でそれなりの生活をし、かつ誰にも邪魔させないようにするにはこの国の支配者になってしまうのが一番、というわけだ。


 もっともやってみて分かったが、支配者というのはけっこう忙しい。

 今でも読書の時間を削られる始末である。


 将来的には忠実で優秀な人材に全てを丸投げしてしまうのが理想であると思っていたけど、突き詰めればそれは、鈴鹿の考えと同じなのだろう。

 この女の場合は自分が前に出ることなく、それができるひとに憑りついて、ということなのだろうが。


「でも、見る目を誤ったな。信長では天下を取れない」

「……それは色葉様がいらっしゃるから、でしょうか?」

「わたしがいてもいなくても関係無い。信長では無理なんだ」


 それは歴史が証明していることである。

 根拠などは何も示さなかったが、それを事実として知っているわたしにしてみれば、この気に食わない女への意趣返しのような気分にもなり、つい口を滑らした、といったところだった。


 途端、鈴鹿の瞳が何やら危険な色に染まる。

 まずい、怒らせたか。

 そう思ったけど、違うようだった。


「……かもしれませんわね」


 小さな溜息と共に、意外にも鈴鹿はそんなことを言った。


「はあ?」

「どうもわたくしが力をお貸しした殿方というのは、不幸な末路を迎えてしまうようでして……。足利義教様もそうでしたわ」


 そんな独白のようにつぶやかれても、分からない。

 おい、アカシア。

 その義教っていうのは最期、どうなった?


『足利義教は赤松満祐によって暗殺され、それがいわゆる嘉吉の乱のきっかけになっています』


 暗殺って。


「ですから今の殿には義教様の時に比べ、ある程度条件を定めて、お力添えをしています。もっとも殿はわたくしの助力をさほど望まれてはいませんし、それもあってこれまで微々たるものしかお手伝いをしていませんわ」


 なるほど。

 まるで呪いの道具のような奴だな。


 確かに鈴鹿ほどの力があれば、その助力は非常に役立つだろう。

 しかしその結果、寿命を削るのであれば何ともはや、である。


 もちろん、ただの偶然かもしれない。

 しれないが……信長は史実において、明智光秀に謀反されて暗殺されることになっている。

 いわゆる本能寺の変だ。


 偶然でないのであれば、なるほど鈴鹿の助力を得ることは、代償が大きすぎる、というわけか。

 そしてそのことは鈴鹿自身も、先ほどの言葉からするに、ある程度察しているのかもしれない。


「……それでもやはり不安はあるのです。色葉様、それは貴女ですわ」

「どういう意味だ?」

「殿への助力については、わたくしはほとんど行っておりません。ところが……これまでに唯一、殿がわたくしに願ったことがあるのです。そしてその直後、色葉様がこの世にお出でになられたでしょう?」

「……?」


 わたしと鈴鹿が出会ったのは、飛騨でのこと。

 そういえばあの時、鈴鹿は戸隠の鬼女が復活したとか何とか言っていた。

 それにそもそも信濃に用があったとも。

 そして思い出すのは望月千代女のことだ。


 千代女は初めわたしのことを、武田信玄暗殺の犯人だと思っていたようだが、当然わたしではない。

 そして病死ではなく、暗殺が正しいのであったとすれば、誰が、ということになる。

 あの時信玄が死んで最も得をした人物となると、それは当然織田信長以外にあり得ない。


「信長が、お前に信玄暗殺を頼んだのか」

「はい」

「…………」


 やっぱりか。


「信玄様が亡くなられた後、色葉様の噂を耳にしました。あの時は興味本位でお会いした程度だったのですが、数年がたち、今に至っては恐ろしきことに、滅ぼしたはずの朝倉家が織田家の前に立ち塞がっていたのですから……何やら因縁めいたものを感じずにはおれないのです」

「ただの偶然だろう?」

「そうでしょうか? むしろあの時、何としても信玄様の侵攻を食い止めていた方が、結果的には良かったのかもしれません。わたくしが殺した信玄様は、すでに病魔に蝕まれていましたから」


 わたしがこの世に生まれ変わったのは、まさに武田信玄が死んだ直後だ。

 偶然とは思うが、鈴鹿が因縁めいたものを感じているのも、分からなくはない。

 そして実際、わたしの存在は信長にとって百害あって一利なし、だろう。


 長篠の戦いでは織田・徳川の完勝を回避させ、武田に余力を残させたことで徳川がその動きを封じられてしまったこと。


 また越前から一向一揆を先に駆逐したことで、越前国を得られなかったこと。

 越前は豊かな国であるから、これを得られなかったことは史実の織田家に比べ、その勢力の拡大を防いだことに等しい。


 そして朝倉家が北陸一帯を平定し、北に新たな脅威として誕生してしまったこともだ。

 更には今回の畿内の動乱も、わたしがより面倒になるように仕組んだせいでもである。

 史実と比較のできるわたしにしてみれば、これほど厄介な存在は無いと思うところだ。


「ふうん……じゃあお前はわたしを脅威として認識している、ということか」

「かもしれませんわね」


 初めて会った時、この女はわたしに臣従を求めてきたことがあった。

 当然蹴ったが、それはただの勘であったのか、見る目があったのか……とにかく漠然とした予感めいたものは覚えていたのだろう。


「いい迷惑だけど、お前がわたしを意識している理由は理解した。で、どうする気だ? 信玄みたいに暗殺する気か?」


 まあそれが一番手っ取り早い。


 今の段階でわたしが朝倉家からいなくなれば、多少は頑張るだろうがそのうち瓦解してしまう。

 そのうち晴景を中心とした体制にもっていくつもりではあったけど、まだ早い。

 家臣どもの意識が、わたしに対して強すぎるからだ。


 それでも晴景を庇ってわたしへ文句も言えるようになってきたことを踏まえれば、そんなに遠い将来の話でもないかもしれない。

 それでも今は、まだ早い。


「殿が望まれれば。それが契約ですから」

「いいのか、それで? わたしは織田にとっての敵にしかならないぞ」

「……この度の上洛も、他意あってと?」

「ふん。そのうち分かるだろう。――だから言っておく。お前なら、わたしを殺せるのは間違いない。信長のことを第一に考えるのなら、それが最善の手であることは疑いようはないぞ?」


 もちろん、そんなことをされたらたまったものではないが、今更でもあるだろう。

 当然抵抗はするし、大人しく殺されてやるつもりもない。


「ふふ……。色葉様は面白き方ですわね。そのようなことをわざわざおっしゃるなんて」


 相変わらずの微笑でもって、鈴鹿はささやく。


「殿は素敵な方ですが、色葉様も……とても好みですわ。できることなら、生きている貴女とお付き合いしたいものです」


 好みとか言われても、わたしは少しも嬉しくないが。


「だったら信長が例えわたしの首を望んだとしても、その願いを叶えないでいることを祈っている」

「そうありたいものですわね」


 信長が望めば、か。

 あの男の考えは分からないが、一度信玄暗殺を願っている以上、追い詰められればやるだろう。

 それが明日なのか、もっと先であるかは分からないとはいえ、それでもわたしは紛れも無く織田の敵であるのだから。


 その後、決して望んだわけではないものの、鈴鹿との話は続いた。

 そのうち夜も更け、いい加減帰るぞと眠そうな信長に引き剥がされて、渋々と鈴鹿も去っていったわけであるが、それだけ見ていると信長などは、子にせがまれて連れてきただけの親そのものである。

 まあその通りではあるのだろうけど……。


 そういうわけで、信長とはほとんど話すことも無かった。

 信長自身、どうせ明日があるとか言ってはいたが。


「姫様、もうお休みになられた方が」


 二人が帰った後も、寝室で考え事をしていたわたしへと、雪葉が心配そうに声をかけてくる。


「ん、そうだな」


 明日の会見は昼からではあるが、移動などを考えればあまり時間的な余裕があるわけでもない。


「ああ、心配するな。あの女にわたしは敵わないが、雪葉と乙葉がいれば互角に渡り合える相手だ。何の心配もない」


 そうは言ったものの、あの女には鬼の従者がいたはずだ。

 あれも強い。

 今回はいなかったのか、どこかに潜んでいたのかは知れないが、あれが加われば三人がかりでも生き残るのに厳しい戦いになるだろう。


「では、乙葉様を至急呼び戻した方が」

「いや、大丈夫だ。少なくとも今は、な」


 当面の敵である織田家にあの女がいたことは予想外であったけど、だからといって方針を変えるつもりもない。

 立ちはだかるのなら叩き潰す。

 それだけだ。


 それを再確認し、ようやく調子の戻ってきたわたしは、うっすらと笑んだのだった。

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