第9話
部屋の中では、ドリトスが主体となって話を進めている。
どうやら女神様の神託がきてすぐ、私の部屋をこの城の中にある一等の貴賓室に用意はしているらしい。
部屋なんかいらんのに。
不自由な生活するくらいならマンションに戻るし。
私のボヤキにアリスティアラが苦笑した気配を感じた。
『いつでもマンションに戻って頂いても構いませんが、ひと言残してから戻って下さいね。騒ぎになりますから』
よし。『日本語』で置き手紙してやろう。
『日本語ならある程度は分かると思いますよ』
じゃあカタカナで『アイル ビー バック』にしようか?『I’ll be back』でも良いけど?
『さすがにそれでは分かりませんよ』
『聖なる乙女』が来ていたら分かるよ。笑うかもだけど。
歴代の『聖なる乙女』は日本人だったから、日本語の研究はされていたらしい。
「それって、日記を使ったとか?」と聞いたら、『日記などは乙女が亡くなった時に、私たちが責任をもって焼却しています』と教えてくれた。
何より、昔の乙女は会話のみで書く事が出来なかったらしい。
そういえば寺子屋で『読み書き算盤』を教えだしたから、幕末期には識字率が高くなったと習ったっけ。
「先代の乙女っていつの時代の人?」と聞いたら、チャットに当時の写真が表示された。
一目見て分かる姿。防空頭巾を被った戦時中の女性だった。それも沖縄戦の映画でよく見た姿。
彼女は『聖なる乙女の館』からいっさい出ず、すべての人々に怯えて生きてきたそうだ。
そりゃそうだろう。『異人は敵』という状況下で生きてきたのだ。
この世界の人々で『黒髪黒目』は存在しない。
特に沖縄戦の生存者なら『日本国軍も敵』だ。
『気付いたら敵の中』状態に置かれた女性の心は苦しかっただろう。
でも沢山の仲間の死を見届けてきただろう彼女は、自決を選ばなかった。
自決用の毒も手榴弾も持ち合わせてなかった事と、館の中には歴代の乙女たちが作った日本の小物が多くあったからだ。
館の前には田畑もあり、ジャガイモなど見慣れたものも植わってたりしてた。
そして、この世界の人々は彼女を思って必要以上の接触をしない。姿を見せないなど気を遣っていたそうだ。
彼女はこの世界に埋葬されているらしいから、落ち着いたらお墓参りに行ってこよう。
魔石精製が2万個を超えた所で、ドリトスがこちらへ向かってきた。
話が決まったようだ。
扉の前でセルヴァンと何やら話をしている。
どうやら『怖がられるんじゃないか』と気にしている様子で、ピンッと立ってた耳が下がっている。
確かに『見た目が人間』な他種族と違い、人とは程遠い見た目の獣人族は、今までの乙女たちから「バケモノ」と呼ばれて怖がられたらしい。
先代には全員が嫌われて怖がられたけど・・・
ドリトスが「大丈夫じゃ」と言ってるが、その自信はどこから来ているんだ?
「開けるぞ」と中の連中に言って開けられた扉。
「待たせて済まんかったな」と私に言ったけど、まだ床で『熟睡中』の兵士を見てドリトスは苦笑した。
兵士の状態は『気絶』だから、私は気にしていない。
詳細に『鼻骨骨折』とか『顔面強打』などあるけどHPは半分残ってるし、自業自得なんだから同情する気もない。
ドリトスも同様なようで、「中に入ってもらいたいんじゃが」と言われた。
その言葉を聞いたハンドくんたちが、邪魔な兵士を掴んでポイッと退けてくれた。
まるでホコリをはたくように数度手を叩いたハンドくんたちが、私の所へ戻ってきてハイタッチ。
「賢い者たちじゃな」とドリトスに言われてグッドサインを見せたハンドくんたちは、また私にバイバイして魔法世界へ戻っていった。
扉を潜ると、左側にセルヴァンが立っていた。
秋田犬や柴犬みたいな『犬耳』と、フサフサの尻尾をつけた『背の高い男性』に見える。
背は2メートルはあるかな?
やっぱり高いなー。と目を向けたら、胸のモフモフが目に入った。
毛皮にジャケットを直接着てるから、モフモフの毛が気持ちよさそうだ。
「わー!モフモフ~!」と言いながら飛びついたら、セルヴァンの身体が硬直したのを感じた。
私はちょうど顔の位置にモフモフの毛皮を感じて嬉しいのに。
「モフモフ~。気持ちいい~」とはしゃいでいたら、この場に出て来られない女神様から『モフモフは後からにして下さい』とチャットがきた。
えー?もっとモフりたい!
『あとでお願いすれば良いでしょう。『獣化』してもらうことも可能ですよ』と言われて、渋々セルヴァンを解放する。
「・・・俺が怖くないのか?」
セルヴァンに聞かれて「何で?」と首を傾げる。
『獣人族は、今まで乙女たちから怖がられていましたから』
ああ。そう言えば、さっきもそんな事言ってたっけ。
「私に何かした?」と聞いたら、大慌てで首を横に振る。
「私に何かしようと思ってる?」と聞いたら、さらに激しく横に首を振った。
「じゃあ。何で私に危害を加えていない貴方を私が怖がるの?」
「まさか見た目?そんなのナンセンス!バカバカしい!」
「見た目が良くても腹黒いヤツは沢山いる。本当に心が優しいのは、『見た目だけで中身空っぽ』のヤツじゃない。差別を受けて苦しんだ事がある人だよ」
セルヴァンは私の言葉に目を丸くしていた。
そんなに驚かれることか?と思ったら、満面の笑みを見せて私を抱き上げた。
途端にまた私のモフモフ熱が再燃。
「わーい。モフモフ~」と首に手を回して大喜びしていたら、セルヴァンの尻尾が嬉しそうに左右へ振られているのが見えた。