第85話
この2人。同族からは『マジで怒らせたらヤバい』って言われているんだよな。
気の荒いドワーフ族の『部族長』と、気性の激しい獣人族の『族長』の肩書きは伊達ではない。
さくらはその事を知らないだろう。
ドリトス様は『怒ると怖い』ため、怒らせなければ問題は無い。
だが、あれほど大人しい犬なんか、生まれて此の方見たことが無い。
『狂犬』状態のセルヴァンなら見慣れている。
だから、穏やかな表情のセルヴァンなんて正直『有り得ない』。
終ぞ見たことも聞いたこともなかった。
というより、『あれはセルヴァンによく似た別者だ』と言われた方が、納得出来るくらいに違いすぎる。
それでもヒナリはセルヴァンを『族長』として慕っているのか、ただクセが抜けないだけなのか。
セルヴァン相手に敬語で話をしている。
最初『さくらの存在』を知って驚いた。
あの『堅物を飼い慣らした』と聞いたからだ。
そして起きた『天罰騒動』。
ドリトス様やセルヴァンの素早い指示が功を奏して、翼族も獣人族も他の種族ですらも被害が最小限で済んだらしい。
それすらも『さくら』の対応だったと知って、ますます興味を持った。
そして『セルヴァンを揶揄い』に来たオレたちは『さくら』と出会って、尊い『雛』という存在を得た。
ヒナリはさくらと出会ってから『オレの後ろをついて回る』のを止めた。
そしてオレに振り回される側から、オレを振り回す側に回った。
ただ『大人に囲まれた環境』で育ったヒナリは、さくらとの接し方を勉強中だ。
オレは変わらないけど。
・・・うん。たぶん。
何も変わってないと思う。
そんなオレたちは・・・さくらの前ではただの『さくらバカ』なんだよな。
オレたちだけでなく、ジタンも『親衛隊』も含めて。
2人の抑えるつもりのない『怒りの気』で、『聖なる乙女』たちは顔面が白くなって恐怖からか身体を震わせ続けている。
「なあ。さくらは何度も『生命を狙われた』んだよ。それも聞いたんだよな。それを『聖なる乙女』というだけで、ホイホイと会わせてもらえると思っているのかよ?」
「ですが会って話をするくらい・・・」
「『寝ている相手を叩き起こして』か?」
背の高い乙女の方が気が強いのだろう。
ヨルクが何を言っても『さくらに会いたい』と意思表示を繰り返す。
「別にここで大声出して騒いでも構わないぜ。但し、さくらは『神々に愛されし存在』だ。幾重にも結界が張られて守られている。今も寝室にはさくらの眠りを妨げないように、結界が張られている。この扉も開かなかっただろ?お前らが『さくらに会えない』のは『神の意思』かもな」
『神の意思』
その言葉に乙女たちは身体を固くする。
彼女たちはその『神の意思』によって、此方へと連れてこられたのだ。
その事には同情する。
しかし『独り』でこの世界に連れてこられた、先代までの乙女たちやさくらと比べたら雲泥の差だ。
「たとえ『神の意思』が働いていなくても、『オレの意思』でお前らにさくらを会わせない。お前らみたいに『自分のこと』しか考えないで『自分の欲望』をゴリ押しするような奴を、『オレたちの大切な存在』に会わせる気は毛頭ない。・・・お前らの無責任な言動で、オレたちの大切なさくらを傷付けられてたまるか!!!」
ヨルクの怒りが2人を遠慮なく叩きのめす。
『羽根を隠してると、『背の高い人』にしか見えないね』
先日さくらが言った言葉だ。
彼女たちは羽根を仕舞ったヨルクを『背の高い人』と勘違いしていたのかもしれない。
しかしヨルクも『さくらバカ』の一人だ。
守るべき雛が絡めば、『親バカ』を自覚する父親の怒りはセルヴァンたち以上だ。
「わ、私たちはただ『同じ世界』から来たって聞いたから・・・ただ会ってみたかっただけなんです」
「ごめんなさい。自分たちのことしか考えていなかったです」
頭を下げられるが、さくらとヒナリが寝ている時で良かったとつくづく思う。
逆に、さくらが起きている時だったら、セルヴァンたちは手を出せないだろうから、オレとハンドくんたちが遠慮なく叩きのめしていただろう。
「『悪い』と本気で思うなら、二度とここへは・・・最上階へは上がるな。『さくら殿』に会おうと思うな」
さくらが『会いたい』と願うならそうする。
しかし、本人が『会いたい』と言っていない今、会わせる気は無い。
会わせるにしても、それはさくらが『問題なく自分で動ける』ようになってからだ。
セルヴァンの言葉に、彼女たちは小声で「でも」と口ごもる。
それほど、さくらに会いたいのか。
会ってどうしたいのか。
「お主らは明日から『この世界の事』を教わるはずじゃったな」
「「はい」」
「だったら知るがいい。前任までの『聖なる乙女』たちが受けてきた事を。さくら殿がお主らのために『何をしてきた』のか。そして他国から『何をされてきた』のか。その上でまださくら殿より『自分たちの方が立場が上』だと思うなら、もうワシらはお主らに何も言うことはない。・・・今でもワシはお主らには何も望むことはないのじゃからな」
ドリトス様の静かな怒りは彼女たちに反論の余地を与えない。
ドリトス様が音もなく静かに閉めた扉が、彼女たちに対して『完全なる拒絶』の意思表示のように思えた。




