第384話
ハンドくんがヨルクに詳しく話したのは、簡潔に話せばさくら本人に当時の話を聞こうとするだろう。
そうなればヒナリの『過保護病』が再発してしまい、さくらを笑顔で送り出すことは出来なくなるだろう。
・・・そうなれば、ハンドくんはヒナリを『ハリセン一発』で気絶させるだけだが、さくらの希望は『みんなから笑顔で送り出してもらう』ことだ。
ヨルクもセルヴァンも、今この場にいないドリトスとジタンもそのことに気付いている。
だから『ハンドくんが詳しく話した理由』を理解していた。
「ハンドくん。その『鋼の槍』を見せてくれるか?」
〖 このままお待ち下さい 〗
一度姿を隠したハンドくんだったが3分もしないで姿を現した。
〖 さくらから預かってきました。
それから、スゥ。ルーナ。一応シーナもですが、ご主人からの伝言です。
「瘴気の影響や怒気の制御に鍛錬。
どれも大変だろうけど身体には十分気をつけて」とのことです 〗
「ご主人さま・・・ごめんなさい。ごめんなさい。シーナがヒドいことしたのに・・・本当にごめんなさい。ごめ、なさ・・・」
「・・・・・・ルーナ」
この場にいないさくらに謝罪を口にするルーナだったが、途中から涙があふれ出して言葉が詰まってしまう。
それでも『声にならない声』は動く口から紡がれる事はない。
その姿があまりにも痛々しくて、ヨルクはルーナとスゥに近付き2人を抱きしめた。
「さくらは責めたんじゃない。
『謝れ』と言ったんじゃない。
『無理しないで休め』と言ったんだ。
さくらはキミたちを心配しているんだよ。
そして、『たまには一緒に遊ぼ』って誘ってるだけだ」
ヨルクの最後の言葉にスゥはクスッと笑い「ご主人らしい」と呟く。
ルーナはヨルクに抱きしめられて涙と謝罪は止まっていたが、スゥの呟きに「うん・・・ご主人さまらしいよね」と顔を歪める。
しかしそれは『苦しみ』からではない。
久しぶりに緊張が解れて、笑おうとしたが『笑い方を忘れた』・・・そんな痛々しい表情だった。
「心配しなくていい。
さくらは『キミたちがまだ子供なのに無理に大人になろうとしている』ことを心配しているだけだ」
「そういうセルヴァンは、そろそろ『心配した方がいい』んじゃないか?」
「何のことだ?」
「ヒ・ル・メ・シ。
今日は別荘に戻ってさくらと食べる約束してるだろ?
さくらが朝から『セルヴァンは?』って繰り返し聞いていたぞ」
「師範。ご主人に『私たちは日々頑張っている』とお伝えください。
シーナも・・・一生懸命『自分でなんとかしよう』と頑張っています。
だからこそ、ずっと苦しんでいるのです。
そうじゃなければ、シーナはすでに暴走して私たち2人をその手にかけています」
スゥの言う通りだろう。
しかし、今の彼女に手を出すのは難しい。
無理に手を出せば精神が壊れてしまう。
狂いつつもギリギリのところで自分を押さえつけているシーナを『見守る』しか出来ないため、スゥもルーナも、そしてセルヴァンも苦しんでいた。
『自分で乗り越えるしかない』
獣人である以上、心の葛藤を繰り返す。
本能の赴くまま生きることが許されない。
それは悲劇を生み出し、その先にあるのは凄惨な末路だ。
・・・・・・ボルゴたちのように。
〖 シーナはこのまま当分は目を覚まさないでしょう。
ヨルクとセルヴァンはさくらと昼ごはんを食べてきても大丈夫です。
鋼の槍は『私がシーナの特訓で使うためしばらく預かる』と伝えてあるので大丈夫です。
セルヴァンは後で槍の特性を確認してください。
スゥ。ルーナ。あなたたちは『料理の練習』のため、ここで自炊します 〗
「はい」
スゥとルーナが返事をすると同時に、ヨルクとセルヴァンは別荘前に転移させられていた。




