第381話
シーナは『ご主人様が私に勝てたのは偶然』だと思い込んでいた。
『あんな卑怯な手で攻撃してきたご主人様が許せない。
卑怯なご主人様なんかに次は負けるはずがない』
そう思っていた。
だからこそ、差し出されたさくらの手を取らなかったのだ。
しかし、無意識か無自覚か。『実妹』ということで、大きく見下していたルーナに指摘された。
「最初から勝負になっていなかった」と。
スゥからは「ご主人を見縊って、優位に立っていたんですよね?」と言われた。
「ご主人さまは遊びながら、私たちの『弱い部分』を攻撃していたの。
私は『次の攻撃に身体が追いついていけない』。
そんな私を、ご主人さまは『トンッと軽く叩いた』だけ。
スゥだって一緒だよね」
「うん。私は『連続攻撃に弱い』。
だから、同時に何回も叩かれた。
ルーナと同じ『軽く』だったけど・・・
その分、『自分の動きにムダが多く、攻撃する時に隙が出来ている』って自覚できた。
攻撃対象に集中してしまい、『それ以外』に気が足りなかった。
だから、私は背後だけでなく横からの攻撃を受けた。
・・・腕を突っつかれるまで、『周りが見えていない』ことに気付かなかった。
ご主人ったら、腕から背中まで両手で『ツンツン』を連発しながら半周するんだよ。
だから集中が途切れて、笑いを堪えるのが苦しかった。
模擬戦じゃなかったら笑い転がってた」
「あ、アレって『笑いを堪えていた』表情だったんだ。
表情が歪んでたから『くやしい』んだと思ってた」
「ううん。だってご主人は「ツンツン」って言いながら背中を横へ一直線に突っつくんだよ。
擽ったくて声をあげたら、ご主人、笑うんだもん。
だから蹴りを入れたら軽く受け流されたし」
〖 2人には、ちゃんとご主人の『遊びの意味』が分かっていたのですね。
ではシーナ。自分は『性格以外に何が悪かった』か分かりましたか? 〗
否定しようとしたシーナだったが、ルーナに先を越されるように『さくらの真意』を伝えられた。
さらに、ルーナもスゥもちゃんと理解していた。
そして師匠の『性格以外に』という言葉に顔が赤くなる。
・・・否定など出来ない。
自分の行動を思い返しても、『性格が悪い』としか言いようがない。
スゥに頬を叩かれて当然だ。
あの瞬間に、義を重んじる武人の師範から叩きのめされて当然だった。
ご主人様がいなかったら、『そうなっていた』だろう。
ご主人様が抱きついていたから。
師範が『ご主人様を優先した』から。
・・・師匠に『頼んだ』から。
だから・・・
〖 『こんな目にあっている』とでもいうのですか?
呆れましたね。根性も腐っていましたか 〗
「ハンドくん。悪いがさくらの元に戻っててもらえるか?
それと、一応さくらたちには『3人の『悪かったところ』を指導してくる』と伝えてある。
夜までに戻れないようだったら、ドリトスに事情を話して来て貰ってくれ」
「「師範!」」
声がした方へスゥとルーナが振り向くと、セルヴァンが無人島に戻ってきていた。
その双眸には『激しい怒り』が込められてシーナに向けられていた。
〖 『回復役』としてスゥの担当者たちを残していきます。
・・・『シーナ以外』は正しく理解しています。
そして2人に説明されても責められても、反省の色は見られません 〗
「それで『こんな目にあっているのは『さくらのせい』』ということか。
・・・瘴気と同じで、根性まで澱んでいたか」
〖 シーナは生かすも殺すも好きにして下さい。
それ相応の罪を犯しましたからね。
『獣人の規則』に触れるか分かりませんが、『神々に愛されし娘』に対して繰り返された無礼の数々。
いつまでも『さくら至上主義の私』が黙っていると思わないで下さい・・・ねえ 〗
最後の『ねえ』という短い言葉に『ドス黒いなにか』を滲み出したハンドくんに対し、直接ソレを受けたシーナはともかく、気配だけでルーナもスゥも縮こまった。
「ハンドくん。悪いがさくらを近付かせないでもらえるか?
・・・それと、やはりドリトスに来て貰った方が良さそうだ」
〖 ドリトスの件はすでに連絡済みです。
ここは創造神に結界を張らせます。
さくらに怒気は届きませんので安心して下さい 〗
「ああ。・・・さくらの明日の予定は?」
〖 今日は身体を十分動かしたため、明日は恐竜島で遊ばせます。
見守りはヨルクとヒナリ。
ドリトスは夕食前に合流予定です 〗
「すまんが・・・さくらを頼む」
〖 ヨルクがうまく誤魔化しています。
「獣人はセルヴァンみたいに怒気で人を気絶させられる。
気付かずに使ったら、さくらが危ない。
セルヴァンは怒気の使い方を教えるから、さくらを近付かせたくないんだ」と。
おかげで、ヒナリがさくらにくっついて離れようとしません。
戻ったらヒナリを叩きのめしておきましょう 〗
「ああ。・・・ヒナリはお手柔らかに頼むよ」
ハンドくんは『ヨルクを』と言っていない。
そしてヨルクは、セルヴァンが無人島に戻ることと、さくらを寄せないようにハンドくんに言ったのを聞いて大体のことに気付いていたのだろう。
「ジタンを呼ぶか?
地理ならさくらの前でやっても問題ないだろ」
「いや。さくらには何をするか教えていない。
それにジタンを呼ぶなら、仕事から解放してやれ」
「ああ。そうだな。分かった」
ヨルクはジタンが若くして国王となったことを気にかけている。
ジタンは賢く、彼の側近たちも優秀だ。
・・・先代王と比べるのも烏滸がましい。
それほどジタンの父は愚かだった。
治世の15年。
愚策政治で人心はすでに離れている。
だからこそ、ジタンは根を詰めてしまう。
だが、『ある時』から、ジタンを含め周囲の人々が変わった。
さくらに指摘されたらしい。
「周りの人たちは『役立たず』なの?」と。
『ジタンは近い将来『過労死』で死ぬつもりなんだろう』とハンドくんに指摘されて、ジタンの側近たちは真っ先にジタンから仕事を取り上げた。
今は仕事を側近たちと分担して、ヨルクと瘴気の研究をしている。
ヨルクも集中しやすいジタンの『ブレーキ役』になっている。
一緒にのめり込んでいる時は、ハンドくんのハリセンを受けて『強制休憩』させられているが。
ジタン自身、限られた人しか入れない『神の館』に入れることで尊敬されているし、セイルなど一部の側近はさくらと話もしたことで、多大な信頼を集めている。
だからと言って、前任者からの引継ぎもなく側近についた彼らは経験も乏しく、ハンドくんのフォローも受けながら経験を重ねて成長している。
周りの人たちに助けられて、周りと一緒に成長していく年若い国王や側近たち。
それで良いのではないかと思う。
『元・国王』だからいえる。
『国民と共に国を作っていく』のも良いのではないかと。
『神の館』や『さくらの御料牧場』の計画も、今までなかったことだ。
特に御料牧場は『ゼロから始める』ため、神々からもアドバイスを受けている。
『神と人間が作る御料牧場』に、国内外から注目を受けている。
「たくさんの人たちから応援を頂いています。
皆さんの思いは強いものです。
だから、きっと成功します」
『さくら様のため』と人々の思いが、この大陸に『よい風』を吹かせているとセルヴァンは改めて思った。




