第363話
「シーナ。ルーナ。スゥ。3人と同じ『獣人』のセルヴァンだよ」
すでに皆は挨拶を済ませていると聞いたさくらは、セルヴァンを紹介する。
今いる場所は、ワンタッチテントの下に敷いたシートの上だ。
全員がゆったり座っても十分な広さのシートに、座ったセルヴァンの胡座の中にさくらはいる。
まるでそこが『定位置』のように。
他の4人も、それが『当たり前』のように笑顔で受け入れている。
そのことにシーナたちは驚いていた。
「さくらと一緒に旅をしてくれてありがとう」
「いえ!私たちの方こそ、ご主人や師匠に何から何までお世話になりっぱなしで・・・」
「それでもいい。さくらが『楽しく過ごせる』のなら」
そう言いながら、セルヴァンはさくらの頭を撫でる。
「さくら。『冒険旅行』は楽しいかね?」
「うん。大変なこともいっぱいあるけど楽しいよ」
「そうか。そうか」
ドリトスは笑顔で頷きながら、さくらの頭を優しく撫でる。
「あ!そうだ。ヒナリ〜」
セルヴァンの膝から下りて、ヒナリの前までハイハイしていく。
歩いても3歩の距離なので、わざわざ立って歩くほどではないのだ。
「どうしたの?」
ヒナリの前まで進むと、そのままヒナリに飛びついて首に手を回す。
隣に座るヨルクはヒナリが引っくり返らないように背を支える。
そのさり気なさにセルヴァンたちは微笑ましく思い、シーナたちは感心していた。
しかし、当の本人たちはそんなこと気にしていないし気付いてもいない。
「ヒナリ〜。
『美味しいオムライス』ありがとう♪
すっごく美味しかったの。
また作ってね♪」
さくらの言葉に驚いて目を大きく見開いたヒナリだったが、「うん。オムライス以外も練習して、さくらにいっぱい作って食べさせてあげる」と言いながら抱きしめる。
「私もいっぱい作る」
「じゃあ。そのうち2人が一緒に作った料理が食えるな」
「ヨルクはおあずけよ」
「ヨルクはハンドくんのハリセンを食らうの〜」
「おいおい。オレにも食わせろって」
「失敗作なら食べさせてあげるわ」
「おい・・・オムライスの失敗作を何日食い続けたと思ってるんだよ」
「ハンドくん。何日?」
〖 毎日の昼食に出し続けて33日 〗
「すごーい!」
「な?オレすごいだろ?」
「ヒナリ、そんなにいっぱい練習したんだ!」
さくらの言葉に「オレじゃないのかよ」とボヤくヨルクに誰もが微笑む。
「ヨルクもエライ。エライ」
そう言いながら手を伸ばしてヨルクの頭を撫でるさくら。
「だろー?」
「でも、いっぱい練習したヒナリが一番エラい!」
そう言ってヒナリの頭を撫でるさくら。
嬉しそうに微笑むヒナリは幸せそうだ。
「あのたまごを巻くオムライスって難しいから、『料理初心者』が上手くできなくて当然なんだよ」
「え?!そうなの?」
〖 ヒナリは『さくらの好物を食べさせたい』と言いました。
簡単な料理を数回の練習で作って誉められるより、難しい料理に挑戦して誉められた方が嬉しいでしょう? 〗
「・・・そうね。
簡単な料理を作ってさくらに喜ばれるより、一生懸命頑張って練習して作った料理を喜んで食べるさくらが見られた方が私も嬉しいわ」
抱きついているさくらの頭を撫でるヒナリは『母親の顔』を見せており、シーナたちは家族のことを改めて思い出された。
だからといって『うらやましい』と思わなかったのは、ヒナリを『母親』より神殿に飾られた『慈母の女神』に重ねたからだろう。
スゥは目の前にいる5人が『神に近い存在』だと感じ取っていた。
『神に愛されている』ご主人の家族として一緒に暮らしている。
だから、誰もが身の内に『慈愛』を持っている。
スゥはそんな『慈愛を持てる大人になりたい』と心に誓っていた。
「すみません。ご主人の姿が見えないのですが」
さくらの姿が見えないことに気付いたのは、ふたたび入江で『泳ぎの練習』をしていた時だ。
同じく、セルヴァンの姿も見えない。
休憩のため砂浜に上がって来ても2人の姿がなく、スゥはテントの下にいるヨルクに居場所を聞いてみた。
「あー・・・。さくらならセルヴァンと一緒だ。まあ、久しぶりだからな。『邪魔するな』よ」
ヨルクの言葉に別荘を見上げたスゥたちは慌てて別荘の中に入って行った。
「あっ!おい!待てって!」
その後ろをヨルクが追いかける。
「獣人って人の話を聞かねえヤツばっかだな」
そうボヤきつつ、幼馴染みたちを思い浮かべた。
「あ、あの!ご主人様は?」
「さくらならセルヴァン様と2階の寝室よ」
ヒナリの言葉を聞くと、3人は慌てて上がっていく。
その後ろ姿を驚いた表情で見送ったヒナリとドリトスだったが、玄関に現れたヨルクに気付いてどうしたのか聞く。
「さくらの姿が見えなくて心配だったみたいだ。
・・・久しぶりだから、もう少し、ゆっくりさせてやりたかったんだけどな」
スパパパパーン!
「あ、ハンドくんのハリセンの音だわ」
「仕方がない。
ちょっと引き摺り出してくるか」
3人は2階の寝室へと向かって行った。
少し時間を遡って。
さくらが2階の寝室にいると聞いた3人娘は、2階へと上がって行った。
男女が『寝室に2人っきり』という状況に、シーナは焦っていたのだ。
もちろん『恋人同士』なら余計なことだろう。
しかし、『せっかくご主人様のそばに戻れたのに奪われてしまう』という焦りと独占欲があったのも確かだ。
それはルーナも同じだ。
『二度と離れたくない』と思っているのだ。
唯一、スゥだけが違った。
『ご主人に無理させてしまったのではないか』と思ったのだ。
シーナが飛び込んだ部屋にさくらはいた。
セルヴァンのひざ枕で気持ちよさそうに眠っていたのだ。
さくらの頭を撫でていたセルヴァンが気配に気付いて顔を上げるとハンドくんのハリセンを受けていた。
ハンドくんが結界を張っていたため何か起きるのだと思っていたが・・・
ハンドくんが結界を『さくらの周り』に縮小したため、「どうした?」と聞く。
「コイツら。さくらの姿が見えなくなって心配したんだよ」
後ろからヨルクが顔を出す。
その後ろからドリトスとヒナリが寝室に入ってきた。
「少しは話が出来たかね?」
「ええ。旅の話などを」
「よかったわ。疲れているみたいなのに休もうとしないんだもの」
「すみません。私たちのせいでしょうか?」
ヒナリの『疲れている』に、自分たちのせいで疲れさせてしまっているのかと心配になるシーナ。
〖 違います。
何度も海の底へ潜ったせいです。
ただでさえ泳ぐだけでも体力を使います。
それを海の底まで行ったり来たりして・・・
それでも海から上がった時に眠っていればよかったのですが。
それすらしませんからね 〗
「だからね。セルヴァン様にお願いしたの。
セルヴァン様とドリトス様なら、寝ないさくらを上手に寝かせてくれるから」
ヒナリの言葉に誰もがさくらを見る。
ころんと寝返りを打ったさくら。
「さくら。寝づらいかあ?
じゃあ『おじいちゃん』に抱っこしてもらって寝ようなー」
さくらを抱き上げてセルヴァンのヒザに乗せる。
「ンー。モフモフぅ〜」
自身の胸にすり寄るさくらに、セルヴァンは苦笑しつつ抱きしめる。
いつものように甘えるさくらの温もりを確かめるように。




