第350話
夕食の際に、スゥの『日々の努力』が報われた。
メニューを渡すと、メニューを1つずつみていたスゥが「ご主人。私はこの『ロールキャベツ』がいいです」とメニューを広げて指をさす。
「飲み物は?」
「えっと、すみません。この『カウレット』という飲み物はどんな飲み物でしょうか?」
注文を聞きに来た男性店員に、どんな飲み物かを聞いている。
ちなみにカウレットとはカルピスのことだった。
「今日のおすすめ料理は?」
「今日はマスのパン粉焼きとチキンの照り焼きだね」
「じゃあオレはそいつと白ワインを」
「ああ。じゃあ待っててくれ」
店員が席を離れると、さくらはスゥに顔を向けた。
「メニューも読めるようになったな」
「はい。ご主人が貸してくださった『文字かるた』で師匠が単語を教えて下さったおかげで、読み書きが出来るようになってきました」
「『読み書き』だけじゃないだろ?」
「はい。今日もご心配をおかけして申し訳ございません」
そう。計算ドリルで勉強しているが、スゥは根を詰め過ぎる。
そのため、さくらに担当のハンドくんが報告に来る。
ご主人から『ストップ』が掛かると、さすがのスゥも言うことを聞くからだ。
「ハンドくんからも聞いたと思うけど『脳疲労』もあるからね。
判断力とか落ちるよ。
・・・シーナがダンジョンに入ってから『おかしくなった』でしょう?
あれは『脳疲労の結果』だよ」
さくらの言葉にスゥが目を丸くする。
確かに、それまでは3人の中でも賢くスゥは尊敬してきた。
それが、ダンジョンに入るようになってから、段々おかしくなっていった。
「スゥ。あの2人が『戻って来る』って信じていただろ?」
「はい。普段のシーナなら、慌てて戻ってきたハズです」
「そう。それが出来ないくらい『考えるチカラ』を失っていた。
その原因は『ルーナ』だ」
「ルーナが、ですか?」
「そう。スゥが『子供からの成長』を始めたのは何故?」
「『私がご主人をお守りしなくては』と思ったからです」
「そうだね。それはダンジョンに入ってすぐだったね」
さくらの言葉にスゥは目を丸くする。
スゥは2人が『脱落』した時からではない。
初めてのダンジョンで、さくらとハンドくんに守られた時からだ。
無敵に近い2人の強さに驚き、シーナから『ご主人は自分たちを家族と会わせるために連れ出してくれた』と言われた本当の意味を知った。
ご主人は『弱い自分たちだけで家族を探しに行けない』と判断し、一緒に旅をすることで師匠たちを付けて『強くなる方法』を教えてくれている。
それに気付いて、ご主人を守るために強くなると誓ったのだ。
今でも、ご主人にフォローされて、師匠と一緒に戦っている。
・・・まだ、ひとりでは戦えていない。
だからこそ、独立は出来ないと思っているのだった。
「スゥ。ルーナは違ったんだよ。
まず、シーナがルーナを庇う。
それがルーナには『当たり前』になっていた。
そして『危険になれば守ってくれる』って考えている。
シーナはルーナを庇うのが『当たり前』と思っている。
それは『血を分けた妹だから』だ。
・・・そして、常々戦闘ではルーナのことを気にかけるようになり、判断力が疎かになり思考能力が落ちた」
スゥにはさくらの指摘で腑に落ちた。
今までのシーナなら、『気配察知』と『危険察知』を使っていないと注意されればすぐに使っていただろう。
それが、指摘しても使おうとしなかった。
「ご主人。それでしたら、何故シーナとルーナを引き離すことをしなかったのですか?」
〖 スゥ。シーナは『指摘されないと分からない』愚か者ですか? 〗
ハンドくんの言葉にスゥは首を左右に振る。
「スゥ。シーナが倒れたらルーナはどうすると思う?」
「泣いて動きません」
スゥは幼馴染みの性格をよく分かっている。
『妹』という立場から、周りに甘えている。
年下のスゥに対しても。
「そうなった時に、シーナはどうする?」
「・・・ルーナを守ろうとして無理して起きようと」
「無理だよ」
さくらの言葉にビクリとスゥの肩が揺れた。
「シーナは『自我』を無くす。
そうなれば・・・ルーナのことなんて『敵』と判断する。
『強くなること』を怠ったら、死は近付く。
・・・そしてシーナは『討伐』される」
スゥは辛そうに俯く。
もっと、何度も注意していればよかった。
ルーナには何を言っても聞かないからと諦めた。
ご主人から話してもらえばよかった。
「スゥ。ルーナに関しては、後悔するだけ無駄だ。
担当のハンドくんたちから、何度も注意を受けた。
しかし、ルーナは変わろうとしない。
シーナも突き放そうとしない。
もしスゥが『2人のために何かしたい』と願うなら、強くなれ。
チカラだけでなく知識も蓄えて『強く』なれ」
「はい!」
さくらの言葉に、スゥはまっすぐ目を向けて返事をした。
こっそり聞いていた店内の客たちは、さくらの的確な話を聞きながら納得し、スゥの意気込みに感心した。
さくらの前に出された料理をスゥが切り分けようとするのをハンドくんが止めた。
〖 スゥはすでに従者ではなく『護衛』です。
ご主人の世話は私たちがします。
スゥはご主人に対し『最善で確実に守れるよう』に努力するのが任務です 〗
「はい。分かりました」
ハンドくんがいつものように、さくらの料理を切り分けてさくらに渡す。
翌日にギルドへ行った時に新しい屋台があるかなどの話をしていると、スゥの前にデザートが出された。
「すみません。注文していませんが」
「いやいや。始めてきた時にメニューが読めなかった嬢ちゃんに、店からの『ごほうび』だ」
スゥの頭を撫でる店員に驚いていたスゥだったが、「好意は受けるもんだよ」とさくらに言われて「ありがとうございます。いただきます」とお礼を言う。
獣人のスゥに対して、一部だが周りの『見方』が変わった瞬間だった。
翌朝、朝食後にスゥは一度部屋へ戻り、着替えをしてからさくらの部屋の扉を叩いた。
「ご主人。お願いがあります。
私を・・・パーティから外して『共闘』してください」
「いいよ」
「あの、いいのですか?」
「元々、コッチから言い出したことだろ?」
「ですが・・・」
「ああ。別にスゥを追い出すとか思ってないから心配するな。
それとも『護衛』も辞めるか」
「いえ。ソチラはそのままでお願いします」
元々、スゥたちを従者にしたのは、『銅板』では更新料や滞在費などの請求をされる。
滞在日数も決められて、延長が出来ない。
それが従者や護衛なら、『主人』の身分証によって免除される。
冒険者として『共闘』しても、免除されるのだ。
「ご主人と師匠が私をパーティから外したかったのは、私自身の成長のためだと聞きました。
経験値がすべて私に入るように。
それを聞いて分かりました。
私は『自分のために強くなることで、ご主人や師匠を守ることにも・・・シーナたちを『導く強さ』も出来るようになる』と分かりました」
「ん。お利口。お利口。
でも、担当のハンドくんたちを外す気はないからね。
勉強も続けるんだろ」
「はい。『パーティの立場』が変わるだけで、他は今まで通りです。
これからもご指導お願いします!」
『スゥも気付いたようですね。
『共闘』にすることで、シーナたちが戻りやすくなると』
ハンドくんたちも教えたんでしょ。
『詳しく教えていませんよ。
経験値の話と『共闘とは何か』という話をしました。
スゥはパーティから外されることを怖がっていましたが、共闘の説明を聞いて、これからも指導や勉強は続けられると知って覚悟を決めたようです。
そして「もしシーナたちが戦えるようになったら共闘も可能ですか?」と聞かれたので、可能だと伝えました』
スゥはまだ信じているんだな。
『それはさくらもでしょう?』
もちろんハンドくんもね。
冒険者ギルドでパーティからの脱退と共闘申請の手続きをした。
パーティは名前がなくても良かったが、共闘では名前をつけることになった。
「簡単に『ツバサ』にしよう」
未来へのツバサ。
スゥの存在は獣人たちのツバサになるように。
誰もが、アリステイド大陸まで羽ばたけるツバサを持つように。
そして・・・上へと向かうツバサを背に持てるように。
「はい。これで手続きは以上となります。
それではエスティラさん。
こちらが貴女のアイテムボックスです」
「ありがとうございます」
「スゥ。これが今までスゥが稼いだお金と、従者や護衛の賃金。
アイテムは宿に戻ってからだ。
今まで使ってたテントと寝袋は渡すから、あとは自分が旅で必要だと思うものを選んでみろ」
「はい。分かりました」
スゥは併設の店で、中古の魔導キッチンを購入していた。
コンロにシンクなどがあるため、ひと通りの料理が出来る。
中古と言っても旧式なだけで、鑑定で見ても使用には問題ないようだ。
ちなみに銀貨1枚という安さだ。
魔導キッチンは人気で、新しいのが出るとすぐに買い替えるようだ。
「スゥ。長く使う調理器具や食器類は『新品』を買いなさい」
「はい」
スゥはフライパンなどを購入していく。
時々、店主に『どれがいいか』を聞いたり説明を受けている。
『この時点でスゥはシーナと違いますね』
昨日、食堂で誉められたことが自信に繋がったよね。
昨日、さくらも『良い指導をしている』としてデザートをもらった。
その後スゥは部屋に戻り、さくらは酒場の人たちと再会を楽しんだ。
〖 デザートは食べたでしょう 〗
「やー!『ハンドくんのスイーツ』食べてないもん!」
食堂で出されたデザートはピーチタルトだった。
そのため、軽めのゼリーにしたハンドくんだったが・・・
〖 はい。あーん 〗
「あ~・・・ん♪」
この日も、さくらを甘やかして一日が過ぎたハンドくんだった。
中央広場の屋台や露店で調味料や食材を購入したスゥは、さくらと共に屋台で買い食いをしていた。
以前あった屋台の半数は消えて、新しい屋台が出店していた。
「ねえねえ。そこの可愛いボウヤ。
キミってさっき冒険者ギルドから出てきたけど新顔よね〜。
私たちとパーティ組まない?
毎日楽しいよ〜」
何故か色っぽい、というか『色気しかない』ような女性たち3人に声をかけられたが、さくら本人は完全にスルー。
「ちょっとー。なに照れちゃってるの〜?
カッワイイ〜」
そう言ってさくらの行く手を塞ぐが・・・
「そんなカッコして、よく恥ずかしくないですね」
さくらにイヤそうに言われて、周囲からも「みっともない」「とうとうイカレたか」と嘲笑される。
「エッ!」
「キャー!」
「イヤー!」
悲鳴をあげる3人は顔を真っ赤にして走り去る。
彼女たちは『下半身は何も身に着けていない』のだ。
もちろん、それはハンドくんの仕業だった。
では何故『気付かなかった』のか。
それは『超ミニ』を履いていたから。
以前来たときと変わらず、警備兵がたくさんいた。
彼らは、下半身を露出して走り回っている女性たちを見逃すほど甘くない。
捕縛された彼女たちは追加で『銀板所持者への無礼行為』が加わり、重い処罰が下されることになった。
〖 いえいえ。彼女たちには『天職』でしょう 〗
『ハンドくん。このこと、さくらには・・・』
〖 言いませんよ。彼女たちは『自業自得』なんですから。
それに言ったでしょう『天職』だと。
・・・さくらに声をかけた時点で『地獄直行便』に乗ったのも同然です 〗
創造神がハンドくんに口止めをするが、ハンドくんはさくらに教える気はない。
それ以前に、創造神が出てくるのが分かっていて『手を出した』可能性もある。
しかし『ハンドくんの暴走を止められた』ことを喜ぼう。
・・・さくらに色仕掛けをしてきた3人は、『繁殖道具』としてゴブリンの巣に送られた。
この大陸ではゴブリンと『共生』しており、『ゴブリン帝国』もある。
知性あるゴブリンが治めているため、人間を襲うこともないし、外交も交流も問題ない。
それは、各国で『わいせつ行為』で罪を負ったものが、王都に送られてからゴブリンの巣へと送られているからだ。
『エンテュースの奴隷』たちと違い、繁殖道具となる彼女たちは記憶を消されない。
それは『死んでも開放されない』からだ。
たとえ何十人のゴブリンを産んでも、老いて死んでも、死体は『ゴブリンの料理』となる。
ちなみに、処刑された死体もゴブリンの『腹の中』だ。
エンテュースで捕まったジョルトたちも、すでに王都にて『公開処刑』されて、ゴブリンの食卓にあがっていたのだった。




