第349話
「おお。久しぶりだな。もちろんウチで泊まるんだろ?」
「ああ。そうするつもりだ」
「部屋なら空いてる。代金はいらん。
それにしても・・・あの2人とは完全に別行動なんだな」
「スゥとレベルが開きすぎたからな。
同じパーティに入れていても、彼女たちのためにならない。
スゥも、そのうちパーティではなく共闘という形に切り替えることになっている」
「私はまだ指導を受けている身です。
自分ひとりで作戦を立てて戦うにはまだ未熟です。
独立は、自分で戦い、ご主人や師匠のフォローが必要なくなってから考えます」
スゥの言葉に、身分証を確認していた門番はスゥのレベルを見る。
「十分、強いんじゃないか?」
「いえ。今もまだ足りないところをご主人や師匠に庇われています。
一人でしたら、間違いなく死んでいたでしょう」
「だから『共闘』にすればいいと言うんだがな」
「フォローされているのに気付かず、それを『実力』と思い込んでしまったら、私は何処かで斃れるでしょう。
私は自分が未熟だと分かっています。
ですから、独立はまだ早いと思っています」
「・・・ってことだ。
まあ、納得するまでは見守るさ」
「いいご主人に巡り会えたな」
「はい。私には勿体ないくらい素晴らしいご主人と師匠です」
スゥの即答に、門番とヒナルクは顔を見合わせて苦笑した。
『鯨亭』に入ると、女主人から「お帰り」と声を掛けられた。
『お帰り』って言葉、久しぶりに聞いたな。
『お帰りと言われたら、何ていうのか忘れましたか』
覚えてるよ〜。
「ただいま。女将さん」
「ただいまです」
私たちの返事に、女主人はウンウンと頷いてカギを渡される。
「スゥ。夕飯まで好きに過ごせばいい。
まあ、今日は部屋でゴロゴロして休むんだな。
ギルドへは明日行くぞ」
「はい。分かりました」
「今回はどのくらいいるんかね?」
「一週間くらいはゆっくり休もうと思っています。
まだダンジョンは半分入っただけなので、休んだらまた潜りに行きます」
「では、ごゆっくりして下さい」
「はい。世話になります」
「お世話になります」
女主人に挨拶したさくらとスゥは、階段を上がっていった。
「ご主人。今いいですか?」
部屋に入ってゆっくりしていると、スゥが続き部屋の扉を叩いた。
ハンドくんが扉を開けると、スゥが「失礼します」と言って入ってきた。
「どうした?」
スゥの固い表情に、さくらは『シーナたちのことだな』と思ったが口に出すことはしなかった。
「シーナとルーナですが、この町にも周囲にも気配がありません」
「んー?・・・ああ。『次の町』に向かっているな」
〖 徒歩なのと、2ヶ月で宿に戻る予定がひと月伸びたため、『次の町へ行った』と思ったのでしょう。
出たのは3日前のようですね 〗
2人が無事だと分かったスゥは安心したように息を吐き、肩の力を抜いた。
「スゥは後を追いたいか?」
さくらの言葉にスゥは首を左右に振る。
「いいえ。気になっただけです。
無事が分かればそれで十分です。
私はまだ修行中ですから『先に行こう』『追いつこう』とは思いません」
スゥは「お騒がせしました」と頭を下げて部屋に戻って行った。
「シーナたちの方は2人で向かって大丈夫か?」
〖 この町では白い目で見られていますからね 〗
「自業自得だろ。『従者失格』になったのは。
それに耐えられなければ、これからも逃げて回るつもりか?」
〖 この先の町『ギルモア』に行って、我々が来ていないことを知ったら、またこのユリティアに戻ってくるのでしょうかねぇ 〗
「・・・此処で自分たちの実力を上げていれば、共闘も可能だっただろうに」
〖 逃げて回るようでは、この先死んでも仕方がないでしょう。
せめて、スゥのように『問題なく戦える』だけの実力があれば『どうぞご勝手に』と思えるんですけどね 〗
「シーナはともかくルーナは完全に『弱いまま』だもんねー」
〖 姉への甘えから成長をしていません。
シーナも、ルーナがさくらに捨てられたと泣くから、さくらを探すために先の町に向かうことにしたのでしょう 〗
「会ってどうする気?」
〖 土下座して謝る 〗
「すでに『手遅れ』なのに?」
〖 謝れば許される 〗
「すでに『手遅れ』なのに?」
〖 泣いて謝れば許される 〗
「すでに『手遅れ』なのに?」
〖 許されなくても、くっついていれば食事は貰える 〗
「・・・『手遅れ』以前の問題だったのか」
〖 ろくに料理も出来ず。
毎日の料理は『肉の丸焼き』。
フライパンや包丁・・・なければ解体用のナイフを使って肉を適切な大きさに切って、串に刺して焼く。
そんな知識もありません。
枯れ枝に火を点けて、その枝の上に肉を置いて焼くだけ 〗
「あれ?
初心者用セットに串はあるよね?
それに『使い方』に『サバイバルの基礎』を書いた本、も・・・。
ねえ。まさかと思うけど・・・?」
〖 そうです。
シーナが読んでも内容を理解出来ず。
理解できないから読むのを諦めました。
せめてギルドで聞けば教えてもらえたハズですが、シーナはプライドが邪魔をして聞けなかったようです 〗
「無駄なプライドは身を滅ぼす」
〖 シーナには、まだ残っていたんですねー。
プライドという『ムダなもの』を 〗
「すでにスゥが、ジタンに作ってもらった『文字かるた』で、簡単な単語なら読めるようになったんだけどな〜」
〖 簡単な二桁の足し算と引き算も出来るようになりました。
まだ『繰り上げ』『繰り下げ』で躓きますが。
今も部屋で算数ドリルを使って勉強中です 〗
スゥの担当ハンドくんが『現状』を報告に来てくれた。
「ったくー。『今日は休め』って言ったのに〜」
〖 スゥは『休んでいるつもり』ですよ。
こちらも気を付けて切り上げます 〗
「根を詰め過ぎると、どんなに頑張って勉強しても身につかないからね〜。
頭も身体も、休ませるのは大事だよ」
〖 スゥに伝えておきます 〗
スゥは獣人で体力はあるし『頑張り屋さん』だけど、『休めるときは休む』ことを覚えないとね。
疲れを感じた時は、すでに身体がバテているからね〜。
『疲れない程度』で行動しないと、回復に時間がかかるようになる。
脳だって疲労するんだから。
スゥは日々勉強して脳を使っているんだから、特に休んでほしいな〜。
〖 その加減も教えていきましょう。
なぜダンジョン内で休憩を取っているのか。
もちろん『さくらを休ませるため』ですが、体力もスタミナもさくらのほうが上です。
ですが、体力があっても『脳疲労』は別です。
『人間は考える葦』ですからね。
・・・その『足』ではありません。
分かっててやってますね? 〗
『葦』と言われて『左足』をヒョイと上げたら、ハンドくんからツッコミを入れられた。
「エヘへ〜」と笑ったら、〖 まったく、この子は〜 〗と笑うハンドくんに頭や頬を『ナデナデ攻撃』された。
2人っきりの時は、さくらはハンドくんに甘えているし、ハンドくんもさくらを構い倒す。
今もテントは別だし、さくらのテントはさらにもうひとつの結界が張ってある。
それでもさくらは『主人』として気を張っている。
ハンドくんは、そんなさくらを休ませるためにも、ユリティアへ連れて行ったのだ。
ユリティアにいれば、スゥのことは担当のハンドくんたちが見てくれる。
敵の気配を気にすることも、警戒することも減る。
ハンドくんは、さくらだけに集中することが出来る。
無邪気なさくらに、好きなだけ甘やかすことが出来る。
ハンドくんにとっても、この『大切なさくらとの時間』はリフレッシュのひとつだった。




