第337話
このダンジョンに潜って、すでに2日目の夕方。
シーナたちが、広場の前にいた2体のベアと刃を交えてすでに10分。
今日も一日戦ってきて、最後の最後に出てきた『強めの敵』。
さすがにスタミナ切れ目前だね。
『シーナがヤバいですね。
『倒すこと』に意識がいってしまい、周りが見えていません』
『狂戦士化』になってる?
『『狂戦士』一歩手前の状態ですね。
興奮状態が続くと起きる、獣人の性質のひとつですね。
自我を失うため、敵味方関係なく攻撃します。
獣人が忌避されている最大の原因です』
ハンドくん。
シーナを『眠らせて』もらえる?
さくらの言葉に、ハンドくんはシーナを冷気で縛り、興奮状態を抑えてからハリセンで気絶させた。
使ったハリセンは紙製なので、痛みはあっても頭が吹き飛ぶことはない。
それはヨルクで『実証済み』だ。
スゥとルーナが一瞬シーナに意識を向けたが、さくらが前に出て「一気に片付けるぞ!」とひと言告げれば「「はい!」」と声を揃えて後ろ足で立つベアに獲物を向ける。
「まずは向かって右のベアだ。
スゥ。後ろに回り込み背にアタックしたらすぐに離れて距離を取れ。
ルーナ。ベアがスゥに意識を向けたら、後ろから足の筋を断て。
スゥ。バランスを崩したら首を切り落とせ。
無理なら両目を潰すだけでいい」
「「はい!」」
さくらの指示通り、身軽なスゥがベアの背後に回り込むとトンッと飛び上がり背中を切り刻む。
短剣のため、肉厚な背中では致命傷にはならないが、いくつもの切り傷が、背に走る痛みがベアを襲う。
振り向き、視界に入ったスゥに威嚇の咆哮をしたベアの左足をルーナが一刀両断する。
足を1本失ったベアの巨体が左側に崩れ、両前足を床について体を支える。
これで、ベアは体を支えるために左前足と右後ろ足が使えなくなった。
スゥがベアの背に飛び乗り、項に短剣を深く突き刺す。
くぐもった唸り声をあげたベアはそのまま息絶えた。
「やった!」
喜んだルーナだったが、ベアはもう一体残っている。
「ルーナ。スゥ。今度は役割交代!」
「「はい!」」
今度はルーナが『おとり役』だ。
しかし、仲間を倒されたベアはルーナとスゥに威嚇し続ける。
ルーナはすっかり萎縮してしまい、ベアの背後に回る事が出来ない。
「ご主人・・・」
ルーナの様子にスゥが心配してさくらを見る。
ここでスゥに『おとり役』を代えるのは簡単だ。
しかし、その前にルーナが意思を伝える必要がある。
「ルーナ。怖いならスゥに代わってもらうか?」
ルーナにとってさくらの言葉は『ルーナは役に立たないな。スゥの方が役に立つから任せるか』と言われたのと同じだ。
それまで怯えた目をしていたルーナは、「大丈夫です。行きます」と強い目をさくらに向けてきた。
「スゥ。ルーナのフォローを」
「自分で出来ます!」
「・・・ハンドくん。ルーナを。
スゥ。変更だ。『ひとりで』倒してみろ」
「はい!」
さくらの言葉にスゥは身を屈めると、シュンッとベアの後ろに移動する。
背中を切り刻むとベアが腕を背後へ向けて振る。しかし、身を捻って攻撃を躱して床に着地したスゥは、そのまま両後ろ足の筋を切った。
ズゥーンと音を響かせて床に両膝を打ち付けたベア。
体を支えようと片手を床についたと同時に、スゥは短剣で手を床に縫い付ける。
動きを封じてから背中に飛び乗り、項にもう1本の短剣を突き立てた。
今日は予定した通り、中規模の広場に結界を張り、さくらとスゥはハンドくんたちとキャンプの準備をしていく。
ルーナとシーナは現在、ハンドくんの『説教タイム』真っ最中だ。
会話は聞こえない。
ハンドくんが結界を張っているからだ。
いくら『自分が悪く』ても、他の人にお説教の内容を聞かれたくないだろう。
それに『誰かが怒られているのを聞くのも不愉快』だ。
ハンドくんにそう訴えたから、結界を張ってくれた。
それでもスゥは気になるのだろう。
心配そうに、2人に視線を送っている。
「スゥ」
「はい。ご主人」
「ベア戦、よく戦い抜いた。エライぞ」
さくらが誉めると、満面の笑みで「ありがとう御座います!」と喜んだ。
しかし、すぐにお説教中の2人に視線がいく。
「スゥ。彼女たちがなぜ叱られているのか分かるか?」
「ルーナはベアと戦えなかったから?」
スゥの言葉にさくらは否定するように、首を左右に振る。
「シーナは戦うこと、相手を倒すことに意識を向けすぎた。
戦闘に入れば、必然的に年上が戦闘を指示する立場になりやすい。
しかし、敵を倒すことを重点において作戦を立てるようになったら、それはもう『上に立つのに相応しくない者』だ。
それに従う者たちの生命をいくつも犠牲にしてでも倒そうと思った時点で、統率は出来なくなる。
何処の世界に『自分の生命を軽く見る相手』に従うんだ?
命令に従わない。従う気はない。
「敵に突っ込んで死んでこい」なんて、自殺願望がなければムリな話だ。
「だったら、真っ先に死んで見せろ」と思うのが『正しい感情』さ。
・・・その時点で、すでに信頼は失せているからな。
そして、シーナは『興奮状態』が続いて自我を失いかけた。
もちろんそれは『獣人の特性』だと分かっている。
それが、獣人が忌避・・・人々に受け入れてもらえない最大の理由だ。
いつ逆上して自我を抑えられなくなり、周りに危害を加えるか分からないからな。
人と獣人ではチカラが違いすぎる。
暴走した獣人を止めるには『殺す』しかない。
殺さなければ、逆に自分や仲間たちが殺されるからな。
それが冒険者の場合、パーティの全滅を意味する。
町や村なら、上手く逃げ出して生命が助かったとしても滅びるだろう。
それを回避するには、運が良ければ気絶させるか、最悪、殺すしか手立てはない」
さくらの説明に、スゥは深く頷いた。
シーナの様子がおかしくなっていたのには気付いた。
だが、『どうしたらいいのか』が分からなかった。
幼馴染みだから、『ルーナのお姉ちゃん』だから、攻撃することが出来なかったのだ。
しかし、さくらの言葉で、『暴走した獣人を止められるのは獣人しかいない』と理解した。
そしてそれは、シーナのためにもなる。
正気に戻った時に、暴走して誰かを傷付けた事を知ったら、シーナのショックは大きいだろう。
だったら、全力で止められるように強くなろう。
スゥは心に誓った。
「そしてルーナの方だが・・・
ベアが威嚇した。
それに怯えるのは『経験不足』で仕方がない。
そのうち慣れるだろう。
だが、『自分の出来る範囲』を見誤って、スゥにフォローを指示したオレの言葉を拒否して『自分で出来る』と言った。
今はベア相手だったからまだいい。
しかし、これがギルトの『緊急クエスト』に参加していたり、今ならラスボス戦かな?
指示を聞かずに独断で動けば、パーティの全滅。
下手すれば、他の人たちまで巻き込んで、多大な被害・・・惨劇が起きている。
・・・そんな『危険分子』はいらない」
「ご主人!」
さくらの冷たくも的確な言葉に、スゥは思わずさくらの腕にしがみつく。
「スゥも本当は気付いているんじゃないか?
彼女たちと大きくレベルが離れた理由を」
さくらの指摘に、腕にしがみついたスゥの手がビクリと震えた。
「探検を始めた時にハンドくんに叱られたよね?
『なぜ気配察知と危険察知を怠ったのか』って。
あの後、スゥはちゃんと使っている。
移動中はもちろん。戦闘中も・・・寝る時も」
「ご主人・・・知って・・・」
「ああ。ハンドくんが誉めてたよ。
でも、寝る時は止めなさい。
成長が阻害される恐れがある・・・特に、成長期に入っている今は」
スゥは、さくらの腕にぶら下がるようにしがみついたまま顔を俯かせている。
「スゥ。『今は』と言っただろう?
獣人の成長期は年に1回。3ヶ月だ。
その期間中は身体能力が上がりやすいし、様々なことが身につく大切な時期だ。
だから、寝る時くらいは『頑張っている身体』を十分休ませてやれ」
「はい。ご主人」
さくらから説明された内容をスゥは納得したようで、上げた顔は笑っていた。
「さあ。夕飯を作るぞ。スゥも手伝え」
「はい!」
元気よく返事をしたスゥは信じていた。
『ご主人はきっと、シーちゃんとルーを追い出したりしない』と。
だから、叱られて落ち込んでいる2人が元気になれるような『おいしいごはん』を作ってあげようと思った。
ひと口大に切った魔獣の肉を、水を張った鍋に入れていく。
「ハンドくん。コンロの火をつけて」
〖 はい 〗
この世界のコンロは『魔導器具』だ。
五徳の下に置かれた魔石に『火属性』の魔力を送り込むことで、コンロは発動する。
魔力の量で強弱が変わるのだ。
水道には水の魔石がついているため、水は使い放題。
こちらは『水栓』がついている。
汚水は、排水口に『無属性』の浄化魔法と転移魔法がついている魔石がそれぞれつけられているため、汚水を浄化して近くの池や川に流される。
使い方を聞いたさくらは、浄化作用のある魔石を起動しないと川に汚水が流されるのではないかと思ったが、水がある程度きれいじゃないと排水が機能しないため、シンクから溢れ出てしまうそうだ。
そうなると水は止まらず、ずっと出続ける。
「そうして、窪地に放置されたままのシンクが今も水を出し続けて池になっている場所がある」
「えー!」
「うっそだー」
魔導具屋の男性から話を聞いたスゥとルーナが声を上げる。
「いやいや。その池にはな、実際に池の底にシンクが沈んでいるんだよ。
そして、水が澄んでいるのに魚が棲んでおらん」
「蛇口から出る水は『真水』。
キレイだからこそ、生き物は住むことが出来ない・・・ということだな」
「おお。よく分かったな」
店主に誉められるさくらを、キラキラさせた目で見上げたスゥとルーナだった。
そんな話を聞いたからだろうか。
スゥは水を大切に使う。
洗い物も、水を溜めてつけ置き洗い。
水が汚れたら、浄化魔法でキレイにして乾燥魔法を使っている。
おかげで生活魔法が上達してきたし、魔力の流れが身についてきた。
スゥ付きのハンドくんたちが〖 そろそろ簡単な初期魔法を教えましょう 〗と言っている。
「幼くても魔力循環が身についていれば、暴走も起きにくくなる」(ドリトス・談)そうだ。
魔法の練習をするなら、無人島の方がいいかな?
『日程の調整をしましょう』
「あれ?ハンドくん。お帰り〜。
シーナとルーナはどうした?」
〖 ダンジョンの外に捨ててきました 〗
ハンドくんの言葉に、スゥが青褪めて固まった。
しかし、主人であるさくらと師匠であるハンドくんが決めたことだ。
そう判断したスゥは会話に口を挟まない。
「2人の『今の様子』は?」
〖 ダンジョン入り口から動いていません。
シーナは青褪めてへたり込んでいますし、ルーナは泣きじゃくっています 〗
「動く気はなさそう?」
〖 ありませんね。
何のために『ふりだし』に戻したのか分かっていません。
スゥに『説教の理由』を説明していたのを、2人にもリアルタイムで聞かせたというのに 〗
「スゥ。2人が何故『ダンジョンの入り口』に放り出されたか分かるか?」
さくらの質問に顔を俯かせて少し考えてから顔を上げる。
「さっきの『ご主人の言葉』を聞いていたなら、『気配察知』と『危険察知』の練習のため。
此処まで魔獣を倒して来たから、今なら魔獣もほとんどいなくて、明日の朝までには着く。
・・・と思います」
「正解だ」
〖 スゥは『分析』方面の能力を伸ばせそうですね。
『忍者』はもちろん、『参謀』や『宰相』にもなれますね 〗
「・・・忍者になりたいです」
「なる・ならないは別として、知識が高ければそれだけ『高い地位』につける。
スゥが望む忍者も、長や補佐から下っ端まであるだろ?
『正しいことをする忍者』になりたいなら、高い地位に立つか『はぐれ』として一人で生きるか。
どうせなら、『正義の忍者』を増やしたいだろ?」
さくらの言葉に力強く頷くスゥ。
「ご主人。師匠。
私は『正義の忍者』を目指したいです」
「『不殺の忍者』ってカッコイイよね〜。
でもね。そのためには『出来ること』を増やさないといけない。
周りが納得出来るだけの知識と分析力。
もちろん、相手を守ることの出来る戦闘能力。
そして、一番大切な『何が正しいか』を見極める判断力」
「教えて下さい。
私は『弱い人を守ることの出来る、正しく強い人』になりたいです!」
〖 一度に全部は無理です。
ですが『出来る限り』のことを教えましょう 〗
「はい。お願いします」
後世に伝説として名を残すエスティラ。
彼女の二つ名『不殺の忍者』として踏み出す『はじめの小さな一歩』は、ここから始まった。




