第321話
鉄板を受け取ると真っ先にしたことは『旅で必要な道具』の購入。
目的は『この世界の道具で料理が出来るようになる』ことだ。
もちろん『アイテムボックス』があるのだから、露店で料理を購入して食べるのもいいだろう。
しかし・・・
「シーナは『魔獣肉』が気に入っていたな?」
「スゥは『とり肉』。ルーナは『タレのついた肉』だったハズだな?」
そう尋ねると3人は不思議そうな顔で頷く。
彼女たちは「ごはんは買えばいい」と思っているのだ。
そして、この町に来るまではハンドくんが作った料理を出してくれていた。
そう。まだ『子供』である彼女たちにとって、ごはんとは『誰かが作るもの』であって『自分たちが作るもの』ではないのだ。
しかし『いま』彼女たちを『守るもの』は『彼女たち自身』だけなのだ。
さくらもハンドくんも『旅の同行者』であって『保護者』ではない。
この先『逸れる』可能性だってある。
『別行動』をとる可能性は更に高い。
さくらが熱を出して寝込むようなら、ハンドくんと共に『別荘』に移動する事になっている。
別荘には彼女たちも連れていけるらしいが、『今はまだ早い』とハンドくんは考えているため『置いていく』事になるだろう。
それが『町中』ならいい。
しかし『旅の途中』だったらどうなる?
いま彼女たちと『行動を共にしている』ハンドくんたちだが、彼らは『さくら専用』なのだ。
武術や鍛錬の相手をしているのも、『強くなれば『さくらの安全』が更に守られる』という理由からだ。
さくらが心配するから彼女たちに『ついている』だけで、さくらが『離れる』なら全員が『さくらと行動を共にする』。
現に今は彼女たちのそばにいない。
『さくらの護衛』に戻っているのだ。
『冒険者用アイテムボックス』はハンドくんが持っている。
その中に『お金』も入っているのだ。
今の状態で、『離れる』時に預けるとは思えない。
シーナは『しっかりしている』から管理させても大丈夫かもしれない。
しかし、下の2人は『何も分かっていない』ため、管理させたら『自由にお金を使う』だろう。
それも『食べたいものを際限なく食べる』ために。
・・・そんな風に『何も考えない』『何も出来ない』で困るのは誰だ?
少なくとも魔獣が倒せる強さがあり、『解体技術』と『火魔法』が使えれば『何とかなる』のだ。
それを『あっさり』覚えられる訳ではない。
だからこそ『目標』が必要になる。
「『新鮮な肉』で食べたいと思わないかい?」
そう言うと目を輝かせて頷く3人。
下の2人はもう涎を垂らしている。
「そのために色々と『できること』が増えないと困るんだが・・・やるか?」
「やります!」
「スゥもやる!」
「ルーナも!」
3人は『美味しいお肉が食べたい』という誘惑に一瞬で『虜』になってしまい、さくらの『誘い』に何も考えず乗ってしまった。
するとハンドくんたちが〖 少なくとも『これだけ』は必要ですね 〗とカウンターにまとめて置いた。
『解体技術』の本に『解体専用ナイフ』3本。
薮などの枝葉を払う鉈などの『刃物』。
野宿で使う包丁や俎板、フライパンや様々な鍋などの『調理道具』。
そして色々な種類の木製食器や鉄製のカトラリー。
『寝袋』も忘れてはいけない。
ちゃんとエンテュースで3人分を購入したのだが、ルーナはコロコロと転がって『目が覚めたら藪の中』とか『低木に引っかかってた』など繰り返し、短期間なのに「10年以上使いましたか?」と言われるくらいにボロボロだ。
アイテムボックスに入れておけば『新品同様』になるハズなのに、半分しか『修復』出来ていない。
それが連日続いたので『修復不可』に近い。
そのため『ローテーション用』に3袋購入したのだ。
「すべて3人分ですね。ヒナルクさんは?」
「『必要なもの』なら揃っています」
そう。ザーニが『押し付けた』大量の武器の中に『枝払い』のナイフや、ひと刺ししただけで魔獣を『解体』するナイフなどが入っていたのだ。
ちなみにそれらは、この大陸では普通に購入出来る『レア武器』だった。
ただし『値段は高い』が・・・
受付嬢が提示した代金は『銀貨3枚』。
その金額にこの建物の大半を占める『酒場』にいた連中が嘲笑してきた。
「おーい。『お子ちゃま』たちは『銅貨』以外見たことないんじゃないか?」
「『銅貨30枚』じゃ駄目なんだぞー」
「『冒険ごっこ』なんか終わりにして、早くお家に帰って『ママのおっぱい』でも飲んでなー」
「ハンドくん。払っといて」というと同時に、『最後に発言』した男に一瞬で近寄り床に叩きつける。
その速さに周囲の男女は笑った表情のまま凍る。
「おんやぁ?『お子ちゃま』相手に倒されちゃうなんてぇ。『ヨボヨボの年寄り』はサッサと引退した方が『身のため』じゃねーか?」
「なっ!なんだと!」
嘲て言うさくらに、うつ伏せに押さえつけられたままの長身の男は顔を背後に向けて睨みつける。
「オレに『家族』はいない。そんなオレに『母』を還してくれるのか。ソイツは涙が出るほどありがてぇなー」
「!!」
しかし、今度は声のトーンを低くしたさくらの『冷たい声』に酔いが吹き飛んだ。
酔っていたとはいえ、自分の発した言葉が『酷い内容だった』と気付いたようだ。
しかし『覆水盆に返らず』。
一度放った言葉を『なかったこと』に出来ないのだ。
しかし、さくらの『怒り』はこの程度では収まらなかった。
「嘲笑ったお前ら全員、夜になると同時に『地獄へ落ちろ』」
言葉に『魔力』を乗せた。
この世界に『地獄』はない。
さくらは『夜になったら悪夢を見ろ』と言ったのだ。
個々の『地獄』は分からない。
そのため『悪夢』を繰り返し見て『後悔』すればいい。
だいたい『銀板相手に無礼を働いた』のだ。
『奴隷』に落とされるより『悪夢』を見続けるほうがマシだろう。
さくらがキレた理由にハンドくんは気付いている。
さくらが床に叩きつけた相手が『銀髪のエルフ族』だったのだ。
アストラム自身はもう『コーティリーンの牢獄』に入っている。
いや。アストラムだけではない。
今まで天罰を受けたまま、神殿や懸案塔に入っていた『天罰を受けし者たち』も、『牢獄』へと移された。
その中には『エルハイゼン国前国王』と『同国前宰相』も含まれている。
彼らは自ら移動を申し出た。
『瘴気にあてられて異常をきたした前国王と宰相』という自身たちの存在が、『瘴気の恐怖』を大陸全体に知れ渡るように。
そして懸案塔にいれば必要となる『食事』も、『牢獄』では『全ての欲』を失うため何も必要なくなる。
ここの空気に『栄養』があるのか。
呼吸してるだけで『食事をしなくても死なない』のだ。
そして寿命が尽きて死ねば、遺体は『牢獄』に吸収されていく。
そして牢獄の入り口に作られた詰所に置かれている『名簿』の名前に『取り消し線』が引かれ、その横に『死亡日』と『死因』が記載される。
彼らは生前も死後も、『牢獄から出られない』のだった。
『さくら。もう『終わりました』よ』
〖 宿へ帰りましょう 〗
「ん」
ハンドくんに頭を撫でられて落ち着いたさくらは、促されるように『エルフ族の男』から手を離して立ち上がる。
ポンチョを翻してシーナたちの方へと向かう。
一瞬『怖がられるかも』と思ったが、彼女たちは目を輝かせて駆け寄ってきた。
「ご主人さま、素晴らしいです!」
「ご主人!カッコよかった!」
「さすが私たちのご主人様です!」
そう言ってさくらを誉め称える3人。
元の世界では『獣』は『強い者』に従っていた。
その性質はこの世界の『獣人族』も持っているようだ。
〖 そろそろ宿に戻りますよ 〗
ハンドくんの言葉でも落ち着かない2人。
スッとシーナがさくらの身体を引き寄せると同時に『ピコピコハンマー』が2人の頭に落とされた。
「シーナは『偉い』な。ちゃんとハンドくんの『動き』を読んでたな」
「はい。最初に口頭で注意を。それから『ハンマー』が落ちます」
ちゃんと『動きを把握』出来るようになったんだなー。
・・・そういえばシーナは『露店』に興味を持ってたみたいだけど?
『『古道具』の露店です』
じゃあ寄ってみよ。
ハンドくん。イイよね?
『もちろんです』
受付嬢に挨拶をしてから、さくらたちは冒険者ギルドの建物を後にした。
直後に「クソガキが!」と蜥蜴種族の男が捨て台詞を吐くと同時に、受付嬢以外全員が床に叩きつけられてそのまま失神した。
床や建物に被害がないため、受付嬢は奥にいたギルドマスターに『集団発狂が起きました』と報告した。
ギルドマスターも警備隊詰所に「新入りに一瞬で組み伏せられたショックで全員が気絶した」と報告したため、彼らはこの先引退しても死んでもずっと『笑いもの』となった。
神々が彼ら全員の『死んでも消えない称号』に『新入りに一瞬で組み伏せられたショックで気絶した愚か者』と加えたのだ。
これはどんなことをしても消えない。
そう。『死んで転生しても』だ。
姿を隠したハンドくんたちは、さくらたちがギルドを出てから『悪く言われる』と察知していた。
そして期待を裏切らず『さくらに悪意や敵意を向けた全員』を床に叩きつけて『重力魔法』で押し潰して気絶させたのだ。
さくらの放った「嘲笑ったお前ら全員、夜になると同時に『地獄へ落ちろ』」という魔法は、ハンドくんたちによって『現実のもの』となった。




