第174話
扉をノックする音と共に「ジタン。ちょっと良いか?」とセルヴァンの声が聞こえて、さくらがビクリと肩を揺らす。
ハンドくんたちはポンッと音を立ててその場から次々いなくなった。
「少年の姿ですから大丈夫ですよ。このままお待ち頂けますか?」
ジタンが小声でさくらに話すとコクコクと頷く。
そんなさくらに補佐官が果実ジュースの入ったグラスを差し出す。
ジタンが執務机に戻ってから入室の許可を出すと、セルヴァンとドリトスが入ってきた。
「お二方とも。如何なされたのですか?」
「来客中だったか。スマン」
「いえ。大丈夫です。ひと通りの『情報と報告』を頂いた後ですから」
ジタンの言うとおり、ローテーブルには町の地図が広げられて、所々には『シルシ』がつけられていた。
後ろ姿のさくらにセルヴァンは気付かない。
胸まである長い黒髪の『さくら』と、赤茶色のクルクルした頭の『少年』が同一人物だと気付かなくてもおかしくはないだろう。
しかし、ドリトスは無邪気にジュースを飲んでいるさくらに近付き、小声で「落ち着いたら帰ってくるんじゃよ」と話しかけ、頭を撫でてから話を終えたセルヴァンと共に退室した。
「さて。ワシらは部屋に戻るとしようかね」
「ですが、まださくらが・・・」
ドリトスの言葉にセルヴァンは慌てる。
そんなセルヴァンに「さくらならジタンの所におったじゃろ?」と笑う。
「え!さっきの『少年』が・・・」
「あれは『さくら』じゃ。あの変装で町に行っておったのじゃろう」
急いでジタンの部屋へ戻ろうとするセルヴァンをドリトスが止める。
「さくらを部屋に連れ帰る前に『すべき事』が残っておる。『順序』を間違えてはならぬ」
分かるな?と鋭い目で睨まれて、セルヴァンもやっと『現状』を思い出した。
魔法で眠らせていたヒナリが目を覚ましたが、またさくらを探して回り、見つからずに取り乱して泣いているのだ。
そんな中にさくらを連れ戻すのは危険すぎる。
無謀というものだ。
「さくらを迎えに行く前にヒナリを落ち着かせないと・・・」
「『さくらの居場所』は分かっておるのじゃ。焦れば『さくら』は二度と戻らぬぞ」
さくらのことは今はジタンに任せておけば良い。
ドリトスの言葉に、セルヴァンは固い表情で頷いた。




