第120話
「・・・ドリトス様。あの、さくらは?」
ヒナリが寝室に顔を出した。
他の2人も一緒だ。
彼らはさくらに『ダレ?』と言われるのを怖がって、寝室に入って来られなかった。
言われなくても『知らない人』という目で見られるのは怖いのだろう。
最後尾にいるセルヴァンは、不安からか耳と尻尾が垂れている。
こんな姿を獣人族の者が見たら・・・
前にいるヒナリやヨルクが見ても驚くだろう。
『族長』や『補佐』として下の執務室にいるであろうセルヴァンの子供たちですら、見たことがないかも知れない。
「まだ『記憶の整理』が終わっていないようじゃ」
さきほどの戸惑った表情が全てを物語っている。
他の・・・大好きなセルヴァンの名前すら、口から出なかった。
自分の名前ですら、口にするのに時間がかかっている。
「さくらは大丈夫なんでしょうか?このまま『記憶が戻らない』なんてことになるのでは・・・」
「もしそうなったらどうする?ヒナリは『さくらから離れる』のかね?」
「イヤです!」
「イヤだ!」
ヒナリに聞いたのだが、ヨルクも一緒に否定を口にする。
そんな2人の声が大きくて、さくらが身動ぎした。
「さくら。大丈夫じゃよ」とドリトスが声をかけるとすぐに落ち着いたようで、深く息を吐き安心した表情になる。
ドリトスはずっとさくらの手を握り、頭を撫で続けている。
ヨルクとヒナリはハンドくんたちに口を塞がれている状態で、涙目で頭頂部を押さえていた。
ハンドくんたちが2人の口を塞いだ直後に、セルヴァンからゲンコツを落とされたからだ。
2人のおかげで、セルヴァンの心には余裕が出来たようだ。
「『記憶をなくした』としても、それは『過去の思い出』じゃよ。なくなったら『新しい思い出』を『一緒に作り出していけばよい』だけじゃ」
ドリトスが言い含めるように、さくらの頭を撫でながら言う。
それはヒナリたちに向けて。
そして眠るさくらに向けて。
「そうだな。さくらが覚えていられないなら、俺たちが代わりに覚えていればいい」
冷静を取り戻したセルヴァンが、さくらに近付いて頬を撫でる。
ふにゃっと笑顔になるさくらに、全員の目が細められた。
『さくらは『さくら』なのですから』
さくらの名前の時にハンドくんが言った言葉だ。
そうだ。
名前も記憶も必要はない。
『さくら』という存在だけがあれば・・・




