第10話
ゴホンと態とらしい咳が聞こえてそちらに目を向けると、ドリトスが「そろそろ良いかの?」と聞いてきた。
セルヴァンの首に手を回したまま「どうぞ?」と言ったら手招きされた。
セルヴァンが私を抱き抱えたままテーブルに向かい、そのまま自分のイスに腰掛けた。
私はセルヴァンに『膝だっこ』状態。
だって私のイスはないしー。
モフモフ~。モフモフ~。
セルヴァンに頭をナデナデされて、さらにモフモフ世界にドップリ浸かってた。
「我々は話をしたいんだが」
うっわー。エラソーに何様のつもりだよ。
『この国の王様ですよ』
私を迎える気のないクズ王な。
『怒ってますか?』
うん。ハンドくんたちに、そこの窓から『ポイッ』させようか考えるくらいに。
『それは王の威厳が無くなるから止めて下さいね』
あるの?『王の威厳』。
『ありますよ。曲がりなりにも『王様』なのですから』
ふーん。じゃあモフモフに免じて許してあげる。
『・・・それはありがとう』
そんな会話をアリスティアラとやってるとは思いもしない『クズ王』ことレイソルとやらが、「神官は『女神様に愛された』とか言っていたが、あの世界には礼儀とかマナーとかないのか」と小声で暴言を吐いた。
ああ。まだ『盗み聞き』スキルを解除してなかったから、丸聞こえなんだよ。
・・・ムカついた。
『金ダライ』の魔法を使う。
何もない空間から現れた金ダライが、レイソルの頭を直撃した。
レイソルは脳しんとうを起こしたようで、目を回しているようだ。
良い音を響かせて仕事を終えた金ダライは、床と接触する前に証拠を残さず消えている。
ドリトスとセルヴァン以外は「襲撃だ!」と慌てているが、二人は私がクスッと笑ったことに気付いていたようで慌てていない。
「ねえ。誰が『礼儀とかマナーが無い』んだって?」
意識を回復したレイソルを睨み付けて尋ねたら、真っ青な顔をした。
「なあ。誰の礼儀がないんだい?」
返事が聞こえんが?
私みたいな『底辺庶民』なんかとは直接喋らんとか?
いやー。立場を悪用して平民を見下すとか有り得ないわー。
さんざん言っても返事が聞こえない。
ただ青ざめているだけだ。
「へんじがない。ただのしかばねのようだ」
有名ゲームの名言(迷言?)を口にしてみた。
やはり動きはない。
『ハリセン』。私の魔法発動。
何もない空間からハリセンが現れて、レイソルの後頭部をクリーンヒット!
バットを振り切るようにスイングして、スッパーンと良い音をたてたハリセンは、クルリと縦に一回転してポンッと音を立てて消えた。
「ブ!ワハハハハ!」
ドリトスが、ガマン出来ずに声を出して大笑いしだした。
アリスティアラからは、『やりすぎ注意』のチャットが届いた。
でも、笑ってる気配がこちらに漏れているんだけど?
それも複数!他の神々も面白がって覗いているのね・・・
ちなみに、ハリセンを握っていたのは右手のハンドくんだった。
ハンドくんたちと実際に会ったことがあり、誉めてくれたドリトスだから気付いて笑ったのだろう。
「やーっと、お目々が覚めたかしら?」
私の声が聞こえていなかったようだから、目を開けたまま寝てるんじゃないかと思ったんだけど?
貴方の特技かしら?
それとも気絶してた?
一応、目を覚まさせてあげたんだけど、寝たいならベッドで寝てきたら?
恥じて死にたいなら棺桶の中で寝ててね。
盛大な葬式をしたら、そのまま土葬なり火葬なりしてもらうから。
「それにしても目を開けたまま寝るなんて、本当に失礼な方ですね。親からどんなシツケを受けたのかしら?それともこの世界では、それが『正しいマナー』なのかしら?」
私が来るのを知ってたハズなのに、誰一人迎えに来なかったよね。
扉の前の若兵士は、口を開く前に剣を抜いて私に突きつけたし。
私に『礼儀が』『マナーが』とか言ったけど、先に礼を欠く行為をしたそっちに言われたくないね!
私は礼儀もマナーも欠けている『無礼者』相手を許せるほど、寛容でも寛大でもない。
私は『海のように心が広い』訳ではないけど、『恨み憎しみは海より深い』んだよ。
「・・・やっぱさー。こんなクズがトップにいる国なんか、滅ぼした方が良くないか?」
「ですから。それは『ダメです』って言ってるじゃないですか!」
おっとー。女神様降臨!
咄嗟に私を守ろうと抱きしめたセルヴァンと、私を庇おうと私の前に飛び出したドリトスに「大丈夫だよ」と声をかけた。
その言葉で緊張を解く2人。
ぴょんとセルヴァンの膝から飛び下りて、アリスティアラの前に進む。
「だってさー。自分が礼を欠いた事に謝罪しないどころか、『元の世界』を侮辱したんだよ。そんな礼儀知らずなんか、半殺しにされても自業自得ってもんだろ」
「だからと言って、エルハイゼン国を滅ぼすなんて・・・」
「無礼で無能なクセに、『国の顔』の自覚すら持ち合わせていない国王なんか『百害あって一利なし』!そんな役立たずは、いない方が良いに決まってるじゃん!」
「それだったらまず『譲位』でしょう?」
「クズ王の子がクズじゃないって保証はないでしょ」
「貴女の世界には、『鳶が鷹を生む』という言葉があるでしょう」
けっこうサラリと酷いことを言ってのけたよ。
この女神様・・・
「『蛙の子は蛙』とか『この親にしてこの子あり』とか『似たもの親子』とかって諺もあるけど?」
だいたい、この国には『乙女の魔石』と『聖なる乙女』しか、国内外に自慢出来るモンがないんでしょう?
『聖なる乙女』不在の今なら、『魔石の暴落』を起こせば一発じゃん。
今だって私が精製した魔石、2万個を超えているんだよ。
全部売っ払って国庫を潰したら、この無能な国王は国民から搾り取るよ。
そうすれば国民はこの国から逃げ出す。
この世界にはもう一つ『人間の国』があるじゃん。
そっちに逃げても『生きていける』でしょ。
他国へ逃げたって良いし、国王一族を滅ぼして『絶対君主制』を終わらせても良いんだよ。
君主制度に甘えて、暴君を放置して苦しんで生きていくのか、暴君や跡継ぎとなりうる国王一族を一人残らずすべて滅ぼして、『自立した国』として一歩進んで『選挙制度』にするか。
それを決めるのは私ではない。
アイツらが見下している国民だけどね。
別に私だって魔石さえ売れるのなら、この国に執着する必要はない。
今だって、私の意志で『自分の周り1センチ以上の瘴気の浄化』を止めている。
1センチでバリアを張って、瘴気に触れないようになっているだけ。
瘴気を浄化する私の呼吸は、バリア内で循環しているから外部に漏れない。
だから、この世界は一切浄化されない。
『招かれざる客』のレッテルを貼られているのに、誰が無償で浄化をするの?
だいたい浄化をしていれば、澱が溜まって倒れてしまうのに。
それなのに、瘴気の浄化をしてやる必要はない。
私は自他ともに認めるお人好しだけど、そこまでするほど偽善者ではない。
「私は『島持ち』で『別荘持ち』なんだよ。島の瘴気を浄化するだけだったら体調は崩さない。マンションとその島を行き来するだけでも生活出来る。だったらこの国に、大陸に留まる理由がある?」
私の言葉にアリスティアラは悲しそうな表情をした。
別に私の言葉はアリスティアラに向けたものではない。
それより、ずっと疑問に思っていることが一つあるんだが・・・?
「ねえ。女神様って『この場』に現れちゃってもいいの?」
ここは『私の部屋』でも『別荘』でもないんだけど?
アリスティアラは私の言葉で我に返り、周りを見回す。
うん。エルハイゼンの王城にある一室だよ。
「キャー!」
どうしましょう!とオロオロするアリスティアラに、チャットで『ここの連中に声が聞こえてる?姿が見えてる?』と聞いたら『声は聞こえていると思いますが、姿は『光の人形』で見えていると思います』と返事がきた。
『じゃあ。お辞儀して退室したら?』と促したら、「失礼しました」とお辞儀して消えた。
「さて。今聞いた通り、私はここに留まる理由はないけど?貴方たちは私への礼を欠いてひと言の謝罪もなし。廊下で待ってる間も『彼女』は私に謝罪したのに。アンタらは『女神様』よりも上なんか?ずいぶんと偉いんだな」
相変わらず私をバカにしてるのか返事はなし。
そっぽ向いてるし。
やっぱり城から全力投球でポイッと投げ捨てるか?
『・・・それだけは止めて下さい』
こんな奴ら、まだ庇うの?
『申し訳御座いません』
別に、アリスティアラに謝ってほしくて、言ってるんじゃないけどなー。
「ねえ。貴方たちって『女神様の神託』をバカにして、信じなかったんでしょ?」
私の言葉にレイソルは目を背けた。
やっばりね。見下した態度を見てれば分かるわ。
「すごいわー。『最上位の女神様』の御言葉をバカに出来るなんて」
あ、その女神様って今まで目の前にいた人(?)ね。
私にはちゃんと姿が見えているんだけど、貴方たちは姿が見えた?
見えないよね。
見る気もなかったよね。
興味ないだろうから、『どんな姿』か教える気もないけど。
もちろん紹介は不要だったよね。
バカにして見下して『御言葉』を軽視して存在を無視している『最上位の女神様』なんか、同じくバカにして見下している私から紹介なんかされても嬉しくないだろうし。
興味もない、信じてもいない『女神様』を紹介されたって迷惑だよねー。
もちろん『天罰』も怖くないよねー。
『信じてない』んだから、天罰なんか『存在しない』よねー。
うんうん。存在しないハズの天罰、その身に受けないといいね〜。
そう言ったら『おバカ3人組』の顔色は、真っ青から真っ白へと変わっていった。
「そうそう。さっきの会話、耳の穴を搔っ穿ってちゃんと聞いたわよね?私は『浄化の加減』が出来るの。この国一帯の浄化でも個人でもね」
私はドリトスとセルヴァンの二人に手を伸ばす。
「うおう!」
「・・・身体が軽い?空気が澄んでる?・・・瘴気が消えた?」
そう。論より証拠と言うでしょ?
だから、彼らの周りだけ瘴気の浄化をしてみた。
驚きの声に、他の者たちが2人に駆け寄る。
「確かに!手を触れただけで、手に纏っていた瘴気が浄化された・・・」
銀色のロングヘアをした『エルフ族』だ。
ちなみに男性。
胡散臭いという目で私を見てたヤツだ。
残念だね。
魔法に触れただけのアンタの手から、瘴気が消えたのは一定時間だけ。
それも5分もしないで元に戻るよ。
連中が子供のように声を上げて喜んでいるから、教えないでいてあ・げ・る・わ。
あ〜。なんて優しい私。
エルフ族の男が「私にも浄化を」と近寄ってきたから、「ヤだね」と一刀両断。
即答したら、何故か3人組は固まった。
変だな。麻痺魔法をかけた覚えはないが。
「まだ分からん?自分たちが私に『どんな態度』を取ってたか気付いてないの?分かってないの?自覚してないの?バカなの?死ぬの?」
私をバカにして見下していたこと、気付かれていないとでも思ってた?
『胡散臭い』って目で見てたでしょ?
『人間なんか』って見下していたでしょ?
『気の流れ』でバレないと思ってた?
悪いね。私は『気配を読む』のが得意なんだよ。
そう言ったらレイソルと『エルハイゼン国宰相 マクニカ』『エルフ族の外交官 アストラム』の表情が引きつった。
「さて質問。自分を見下してバカにしてるヤツ相手に、身を削ってでも尽くしてやる必要があるんかい?」
さあ、答えてみろよ。
心が寛大で寛容なお前らなら、『そんな事当たり前だ』と言えるんだよな?
・・・黙ってねーで答えろよ!
「テメェがやらねーのに、人には強要するんか!巫山戯んじゃねぇ!このクズ共が!」
怒鳴られても反論をしてこない。
ドリトスとセルヴァンは、こちらを見て肩をすぼめた。
「あーあ。マジでアホらしい」
テーブルにゴトリと『乙女の魔石』を置く。
「サッサと金払いな」
払わないなら他国で売るぞ。
そう脅したら、マクニカが「失礼します」と言って魔石を手に取って魔力を流す。
真っ白で柔らかな光が部屋を包む。
すぐに慌てて魔石を丁寧にテーブルに置き、「失礼致しました!すぐご用意させて頂きます。いくつお譲り頂けますでしょうか?」と低姿勢になった。
「無理せず払えるだけ」
「ありがとう御座います。お部屋の支度は出来ております。そちらでお待ち頂けますでしょうか?」
「どのくらいかかる?」
「明日の午後にはご用意出来ます」
「じゃあ、明日ここに来るから」
魔石をメニュー画面からアイテムボックスに戻す。
そしてドアを呼び出したら、突然現れた鉄扉にポカーンと口を開けられた。
「明日、待っとるからの」
ドリトスがニコニコしながら手を振ってくれた。
セルヴァンも手と尻尾を振ってくれたから「うん。また明日ね~」と手を振って、ドアを潜ってマンションへ戻った。