九十七話『まさか守る為なんて言わないよね?』
「だから逃がないって。そもそも非禁禁忌教の奴らからお前達が逃げられる訳無いだろう。俺が何の為に琥珀ちゃんを浚ったと思ってるの?」
琥珀の手を握りつつも構えを取る時雨をグリムソウルは睨んで言う。
対して琥珀はグリムソウルに冷ややかな視線を送って尋ねた。
「まさか守る為なんて言わないよね?」
「そのまさか……なんだよ。俺としてはここで死なせて魂をさらっと頂いてしまっても良いんだけど……もう少し成長させた方が都合が良いんだよね」
グリムソウルは満面の笑顔で琥珀に歩み寄って行く。
壁に背を擦り付けて警戒する琥珀と時雨だったが、そこで予期しない事態が発生した。
「見ーつけた……!」
明るい声が聞こえたと思えば、玄関の扉をぶち破るように現れた何者かによってグリムソウルが吹き飛ばされて行ったのだ。
その勢いは凄まじく、建物の壁をいとも簡単に貫いてグリムソウルは視界から消えて行った。
そしてその人物は時雨を見て言う。
「非禁禁忌教に喧嘩を売ったハイドラは根絶やしにさせて頂きますね」
少女だった。お下げをぶら下げて丸眼鏡を掛けた真面目そうな少女が、小さく会釈してそう言った。
時雨はすぐさま琥珀の手を引き駆け出す。ぽっかりと空いた玄関から外へと。
しかし少女も易々と逃すはずも無かった。
「mors『マーグヌムファルクス』」
小さな声で魔法を詠唱すると、その手に想像を絶する程の巨大な鎌を出現させ、それを二人目掛けて投げ飛ばす。
そしてそれは円を描いて二人に迫り、それに気付いた琥珀が咄嗟に時雨の背中を押し込み、滑り込むように地面を転がった。
その上を音を立てて通り過ぎていく鎌。周囲の木々を豆腐を裂くように切り倒していき、やがて地面の上を滑っていく。
琥珀は伐採されてしまった周囲を見渡して漏らすように呟いた。
「当たっていれば私達も真っ二つでした……」
木々に引っ掛かる事無く飛んでいった鎌は、それだけでその鋭さと威力を証明していた。
そしてそれを放った少女の実力もまた、琥珀はその一撃で知る事になる。
「ごめんなさい。非禁禁忌教に慈悲は無いです」
その声は、すぐ後ろから聞こえた。
既に少女は背後まで迫っている。慌てて琥珀と時雨は立ち上がり、警戒するが、またそこで目を疑う事が起きていた。
「お前が出てくるって事は、既にハイドラ王も長男もやられたって事だな?」
グリムソウルが少女の小さな頭を鷲掴みにして琥珀と時雨から距離を離していた。
「peditatus『グラキリスグラディウス』」
少女はすぐに魔法を詠唱すると、その手に今度は刃渡りが長過ぎる剣を出現させ、その重さで叩き切るようにグリムソウルの腕を切断する。
飛ぶように溢れ流れる赤い液体。少女はそれを全身で浴びながらも、何故か笑っているグリムソウルを蹴り飛ばした。
そして地面を転がっていくグリムソウルを睨んで言う。
「部外者が邪魔をしないでください。それともあなた、死にたいのですか?」
しかしその直後だった。
少女の背後から不意に声がする。
「俺死ねないんだわぁ」
慌てて振り向く少女。だが、そこに居るのは少女を睨むように見つめる琥珀と時雨のみ。またしても少女は慌てて視線を横たわるグリムソウルに移すが、既にそこにグリムソウルの姿は無かった。
「こっちだよ~ん」
少女がその声を聞いた時には、既に少女は吹き飛ばされていた。
そして響き渡るグリムソウルの笑い声。
そうして腹を抱えて笑っていたグリムソウルは、いつもの調子でふらふらと琥珀に歩み寄っていく。
「いやー。俺と良い勝負する奴は久しぶりでつい楽しんでしまったよ。……まぁそれはそうと、琥珀ちゃん。君に秘められた遺伝魔法、ここで返してやるよ」
グリムソウルはそう言って琥珀の心臓部を指で軽く押さえた。
その瞬間だった。琥珀の中に電流が走る。その衝撃は琥珀の全身を駆け巡り、思わず膝をつかせた。
「何をした!」
時雨が叫ぶ。しかしグリムソウルの奥に立つ少女の姿を見て、その顔色を変えた。
それにまたグリムソウルは笑うと、
「遺伝魔法を返してやったんだよ。それも琥珀ちゃんにも扱えるようにしてね。さてさてどうやら敵さんはお一人みたいだし、俺が時間稼ぎしてやるからお前達は逃げると良いよ。じゃっ」
そう言って、向かい来る少女を迎え撃つように駆け出した。
残された時雨は琥珀の腕を肩を回して尋ねる。
「大丈夫? 立てる? 今の内に逃げるよ」
「はい……なんとか……」
気が付けば雨が音を鳴らして降り始めていた。
そうして時雨と琥珀は、死闘を繰り広げる少女とグリムソウルに背を向けて、森を抜けて行った。




