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九十五話『私は誤解していたのかも知れません。』

「琥珀ちゃん……。琥珀ちゃん……!」

 名を呼ぶ者が居る。

 その者は息を潜めるように、しかしどこか力強く琥珀の名を何度も呼んだ。

 そしてその声が届いたのか、琥珀はのそりと起き上がる。

「私は……」

「良かった」

 そうして琥珀の背に腕を回して体を支えたのは、時雨だった。

 時雨は薄暗い部屋を見渡して続ける。

「少し様子を見て来たけど、どうやら見知らぬ森に連れて来られてみたい。ここはあいつらの家かな? 立地条件は最悪だけど」

 釣られて琥珀も周囲を見渡した。

 どことなくだが、白雨の屋敷と雰囲気が似てる部屋だった。

 明かりは消灯しており、カーテンで遮られた窓が不気味な薄明かりを放っている。

 琥珀はそこで時雨に視線を移して尋ねた。

「弟様はどうしてこちらに……?」

「君を追い掛けて僕も闇に飛び込んで来た。兄貴は君を助ける気が無かったみたいだったから」

「でも……それは弟様が私を追い掛ける理由にはなりませんよ」

「……僕らハイドラは、植民地の人間に無理矢理契約を結ばせて強制労働をさせたりするけど、大人しく従ってくれている限りは、僕達は全力で君達を守る。もちろん生活面でもね。それが契約の内容で、それこそがハイドラの誇りだよ」

「なるほど。それで弟様は私を追い掛けて下さったのですね。ハイドラ様との契約とは大違いです」

「そう。だから契約者を捨て駒のように扱う兄貴は、ハイドラを裏切ったと言っても過言じゃないんだ。初めて兄貴の屋敷に訪れた時は必死になって君を守ろうとしてたから、裏切ってなかったと思って安心したけど、今の兄貴を見る限りやっぱりそんな事無かったみたいだね」

 琥珀は俯く。

 強制労働をさせたりするのは良い事だと思わないが、それでも守ると言ってくれるならファフニールアルファ領の政治よりかは遥かにマシだと思えた。と言うのも、スラム街で屯するしか無かった住人にもそうして労働を与えられ、最低限の生活が保証して貰えるのであれば、結果的に良かったと思える。

 琥珀はそこで立ち上がって言った。

「私は誤解していたのかも知れません。みんな笑える政治、国造り。それが不可能なのは理解していて、泣くのは私達のような住人とも扱って貰えない貧民だと思っていましたが……ハイドラのやり方は違うのですね」

「違うよ。そんなやり方は今は良くても、いつか潰れて壊れてしまう。お父さんにそう教えて貰った。ファフニールアルファ領が良い例だと思う」

 時雨もそこで立ち上がると、琥珀の手を取って続けた。

「だって僕がファフニールアルファ領に攻めた時、その街の住人は逃げるばかりで戦おうとしなかった。それっておかしくない? 住み慣れた故郷が奪われようとしているんだよ?もちろん、みんながみんな戦えるとは思って無かったけど、抵抗する人間がもっと居てもおかしくない。だから僕は思ったんだ。あぁ、守られて居ないんだな……って。上の人間も私欲に飲まれた汚いだけの無能な人間なんだなって」

「その通りだと思いますよ」

「ふふっ。琥珀ちゃんも言うね。君もリアルにその世界を見て来たんだね」

「うん……」

「よしっ。じゃあここから逃げよう。これから琥珀ちゃんには、ハイドラの世界を見て貰わないとねっ」

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