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九十一話『……あなたは自己中心的で最低な価値観の持ち主です』


「まさかね。まさか本当に兄貴がここに訪れるなんて、思いもしなかったよ」

 最上階。エレベーターを抜けた先は、一つの大きな部屋だった。

 壁も床も曲面を描いた天井も白く、その部屋の中央では巨大な赤い宝石が礎の上で光輝いている。そしてそこで三人を出迎えたのは、礎の前で腕を広げる時雨だった。

 時雨はそのまま三人に歩み寄りながら続ける。

「お父さんにここに待機するように言われた時は耳を疑った。まだ兄貴を信じていないのだと。けど甘かったのは僕だったんだね。僕だけが……仲の良い家族を思い求めていた」

 白雨もまた時雨に歩み寄る。

「あぁ、そう言う事になるな。ここに俺が訪れた理由は分かっているだろう?それにお前は契約によって俺には逆らえない。父にはその事は話さなかったのだな」

「話せるはずもない」

「だろうな」

 そこで二人の歩みは自然と止まった。

 適切な距離を離して……そこで白雨は腕を組んで続ける。

「これからの為にも、俺は力の制限から免れなければならない。それにお前達だけが契約をしても力が制限されないのは卑怯だと思わないか?……そこを開けろ」

「……兄貴がハイドラを裏切ったからだろう。だからこの契約の礎から……外された」

「そうだろうな。それで?」

 挑発するように笑う白雨。対して時雨は拳を握りしめて叫んだ。

「兄貴は何がしたいんだ!! 勝手な事をしているのは兄貴だろう!!」

「まだ俺の目的が分からないか。……俺が欲しいのは地位と名誉、それに復讐。そしてそれを叶える為の力だ。まったく……頑固物の父親を持つと苦労するものだ」

 白雨は自分の抱く野望を語り、得意気な表現を浮かべる。それを聞いた時雨は、呆然として尋ねた。

「それだけ……?」

「それだけだと?まぁ、お前には分からないのだろう。だからいつまでも、あの父の良いように言いなりになっているんだ。まぁ、もっとも……その父も非禁禁忌教の連中に襲来を受けて、死ぬのだがな」

 時雨が眉をひそめる。そして今の白雨の発言に反応したのは時雨だけで無かった。

 白雨の背後から琥珀が冷たい声で尋ねる。

「ハイドラ様。まさか自身の手で親を殺めようなんて気はありませんよね」

「……お前には関係無い。それに仕方がない事だ」

「はぁ……。きっと私の事を情緒不安定な女だと思うでしょう。でも一つ言わせてください。……あなたは自己中で最低な価値観の持ち主です」

 今の琥珀の発言に、隣のロゼが驚いた表情する。そしてその表現には多少の怒りを含んでいた。

 琥珀はそんなロゼが疑問で仕方無かった。どうしてそこまで白雨ハイドラに酔狂しているのか。

 どう考えても、おかしな事を言ってるのは白雨。その親も誉められた人物では無いが、それでも子供が親を殺めるなんて間違っている。

 そしてそんな男に体を許した自分も誉められた人間でないのも分かっていた。が、心までも完全に許してしまう前で良かったと今なら本気で思える。でないと、きっとロゼと同じ立場になっていただろう。

 そうして白雨と琥珀のやり取りを遮るように時雨が言った。

「……お父さんの政治は、はっきり言って良いものではない。無理矢理に契約を結ばせて強制労働とかさせているし、僕も兄貴が言うようにお父さんの指示で民衆と契約を結んで強制労働させるのに一役買ってるからね。……だからそれを変えるために、兄貴はここに訪れた。とかならまだ納得出来たよ。僕も大きくなって立派な力を付けたら変えたいと思っていた。皆が幸せになれる国作りがしたい……ってね。だが兄貴の言い分は琥珀ちゃんの言う通り、ただの自己中に過ぎない。そんな人に力を与える訳にはいかない」

「ほぉ……。随分と立派になったものだな。俺の屋敷に来て暴れた時とは大違いだ」

「……そう言えば兄貴の屋敷に訪れた時に僕はこう言ったね。聞かされていたほど悪い人間じゃなかった……って。でもごめん。それ前言撤回するよ。あーあ……それにしてもせっかく兄貴とも琥珀ちゃんともロゼちゃんとも仲良く出来ると思ったんだけどな」

「残念だったな」

 白雨は捨て台詞のようにそう吐いて時雨の隣を通り過ぎていく。

 そして契約の礎の前でリュックサックを下ろし、中から魔宝石と万能薬、そして魔法防壁発生装置を取り出し、そのまま魔法防壁を自分と契約の礎の周りを囲うように展開させた。

「何をする気なの?」

「こいつは力の制限のコントロールをしてくれるありがたい物だ。こいつのおかげでお前達だけは、力を制限される事無く、契約を結び放題って訳なのだろう?」

「そうだけど?」

「だったら力を取り戻しても、また父親が俺の力を制限すればそれまでな訳だ」

 白雨はそこで魔宝石を床に落として砕く。そして粉々になったそれを、リュックサックに予め忍ばせていた液体の入った小瓶に混ぜ合わせた。

 その小瓶は、きっと魔法薬だろう。白雨の屋敷で見た事がある魔法薬と同一の物だった。

 時雨は、兄の奇怪な行動を眺めなから返す。

「分かってたんだ」

「当然だろう。だが父親がそんな芸当が出来るのは、俺の体に刻まれている魔法陣を知っているから……。もっと言うと、それによって俺を特定出来るからだ」

「……意味が分からないよ」

「要するにだ。この契約の礎に魔法陣を登録された契約の魔法使いは、力が制限されなくなる。俺が今ここで登録しても、俺の魔法陣を知っている父親なら、簡単に外す事が出来るだろう。だから俺は自らの魔法陣を改竄する。そうなれば親戚を含む無数の魔法陣の登録をしている礎から、俺を特定するのは不可能だろう?!」

 白雨はそこで魔法薬を一気に飲み干した。ただでさえそんな使い方をしては危険なのに、それを魔宝石で濃度を高くしているとなればどうなるのか、もはや想像もつかない。

 そしてそんな状況にも関わらず、白雨は懐から小さなナイフを取り出すと、自らの左の肩へと突き刺した。

 恐らくそこに、白雨ハイドラを記す魔法陣があるのだろう。琥珀はそれを何度も見てきた。

「兄貴! なにしてんだ!! 死んじゃうよ!!」

 時雨が魔法防壁に張り付き叫ぶが、白雨は何も答えない。

 意識が朦朧としてるのか、そのまま膝をついて倒れ込んでしまう。

 しかし微かに残る意識の中で白雨は、手に握っていた万能薬を全て口の中に放り込んだ。

 そうしてしばらくしてから、唐突に笑い出す白雨。

 そして徐々に余裕が出来てきたのか、静かに立ち上がって言った。

「なんだ。意外にあっさりだったな。実験とは大違いだ。これも最高級の万能薬のおかげか」

「兄貴……」

 白雨の左腕は魔法薬の効力か、塞がっていた。

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