九十話『し、知りませんよ、こんな物……。』
戦いに赴く父親を見送り、白雨は琥珀とロゼを置いてきた書庫へと駆けつけていた。
「琥珀、ロゼ! ついて来い!」
白雨は急いで書庫の扉を開けると、叫ぶように言う。
そこでは書庫の本をテーブルの上に重ねて読み漁っているロゼと、ソファに腰掛ける琥珀が退屈そうにうとうとしていた。
「おい! お前たち! 何をしている! 急げ!」
慌てて本を閉じるロゼ。
「はい!」
そのまま本を律儀に棚に戻そうする。
「そんな時間は無い! 走るぞ!」
「は、はい!」
そうして白雨に連れられ、琥珀とロゼは廊下を駆け抜けて行く。
琥珀にとってはこんな広い屋敷は初めてだった。
無数に過ぎていく部屋が何の為にあって、何に使われているのか想像もつかない。
そしてしばらく走った所で、白雨は唐突にとある扉の前で足を止めた。
「ハイドラ様。どうしましたか?」
急いでいる割には、扉の前で悠長に佇んでいる白雨に、琥珀は疑問を抱かざるを得ない。
「どうかしたかって……? 待ってるんだよ。馬鹿か?」
白雨がそう言ってすぐに、扉が自動に開かれた。
そこはなんとも狭い空間だった。
三人くらいは入る事が出来ても、座る事で精一杯。寝転ぶ事なんて出来そうも無い。
そんな窮屈に部屋に何の用事があるのか。まさかこんな場所で籠城でもしようと言うのか。
琥珀は少し不満げに言う。
「こんな場所で何をしようと言うのですか」
「……?」
白雨は琥珀の質問の意図が掴めなかった。
そうして三人が中に入り、白雨が扉の横に並ぶボタンの一つを押した所で、扉が閉まった。
外と完全に隔てられ、籠る空気が重くのし掛かる。
そこで琥珀は一つの異変を感じた。
「う、動いた! ……え? 上がってる……?」
「なんだお前は。エレベーターも知らなかったのか?」
「し、知りませんよ、こんな物……。どこに向かっているのですか」
「……最上階だ。そろそろ荷物は俺が預かろう」
ハイドラは琥珀からリュックサックを受け取り、それを背負って最上階まで上がりきるのを待った。




