八十九話『私もいつまでも甘くないぞ』
「おっと、ここだったか。数年離れれば案外忘れるものだな」
あれから白雨ハイドラは琥珀とロゼを連れて書庫に訪れていた。
こんな場所に何の用事があるのか。琥珀は少し面倒くさそうに尋ねる。
「ここで何をするおつもりですか?」
「おいおい、忘れたのか? グリムソウルについて調べるのだろう。我が一族ならば、この――」
そこで白雨は本棚の古ぼけた本に手を伸ばした。
「――家系図と名簿に名が載っているはずだ」
「家系図……」
さすがはこの地を統べている王族と言った所か。
わざわざ先祖の名を残している事に驚く琥珀。
しかしそこで琥珀に一つの疑問が生まれる。
「グリムソウルと言う名が本名かは分からないですよ?」
それを聞いて白雨は少しの間、硬直する。
そして静かに本を閉じて言った。
「仕方ない。お父さんに聞くのが早いか。琥珀とロゼは荷物を持ってここで待っていてくれ」
白雨はそこで本を元の位置に戻すと、部屋の出口へ向かいながら続けた。
「……ゆっくりとしている時間は無い。急がねばな」
「お父さん。聞きたい事があります」
そうして白雨は玉座に座る父親の元に訪れた。
椅子に深く腰掛け、足と腕を組む父親は低い声で答える。
「なんだ」
「時間が無いから単刀直入に聞く。グリムソウルと言う男を知っていますか?」
「知らないな」
「そうですか」
白雨はそこで辺りを見渡して続ける。
「今の状況。俺がここを去った時と似ていると思いませんか?」
大理石の間に親子二人きり。
父親が、
「何が言いたい?」
と尋ねた時だった。
宮殿のような立派な部屋の照明が突如落ち、不意に薄暗くなる王の間。白雨はそんな状況で父親の答える。
「別にふと思っただけですよ」
「そうか。だったら、お帰り。とでも言った方が良いのかな?」
「あぁ。たくさん連れて帰ってきましたよ」
「何を?」
「非禁禁忌教の方を。魔人を讃える俺が気に入らない様で。もちろん守ってくれますよね、おとーさん? それとも、俺に科せられた制限を解除してくれますか? どちらにしても早くしないと……警備も魔法防壁も既に破られたみたいですが?」
「……外で随分と敵を作ったようだな。……それとも仲良くしていたのか?」
「仲良く? 非禁禁忌教の人と仲良くなんてするはずも無いじゃないですか」
白雨の表現は確かに笑っていた。父親は徐に立ち上がると、そのまま出口へと向かって行く。そうして白雨の隣を通り過ぎる際に言った。
「お前の目的がどうであれ、この私を出し抜けると思うな。私もいつまでも甘くないぞ」




