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八十八話『久し振りですね』

 城郭都市(じょうかくとし)

 ハイドラ領は正しくそれで、強固な壁に守られた内部の都市は美しくも世話しなく栄えていた。

 道路のほとんどはアスファルトによって固められ、多種多様の店がビル群となって並び、果てには交通の流れを円滑にする為の信号機が至る所に配備されている。

 また、そうなると電力も余す場所も無く普及しており、その為の電柱があらゆる箇所に設置されていた。

 人通りはどこへ行っても多く、その住人達の身形(りなり)も立派な物で、外の植民地となったハイドラ領との格差は酷いものだった。

「うるさくて、目がチカチカする所ですね」

 ビルに備え付けられた巨大な電工掲示板を、琥珀は車内から見上げ、煩わしそうに言った。

 時雨は笑って答える。

「まぁ、外の人間からしたらそう見えるだろうね。でも僕からしたら実に落ち着くものだよ。安心感がある。……兄貴はどう思ってる? 懐かしい?」

 ハイドラは肘を付いて呆然と外を眺め、答えた。

「……変わらないな。ここは」

 そうしてしばらくハイドラ一向は、街の中を車で駆け抜けて行き、前方に見える警備された門をそのまま越えて行く。

 警備員が通り過ぎて行く車に頭を下げていたのが、琥珀には印象的で新鮮な感覚だった。

 そして目前に迫る城。聞かなくとも理解できる。これが間違いなく、ハイドラの実家だった。

「じゃあ、入ろうか」

 時雨は駐車場に車を停車させながら言う。

 そうして各々が車から降りていく中、ロゼはハイドラの城を見上げて呟いた。

「久し振りですね」








「おぉ、良く帰ってきたな。白雨」

 大理石の間。そこの玉座に腰掛ける中年の男性は、懐かしむように白雨ハイドラを見て言った。

 対する白雨は、少し嫌味混じりに返す。

「それは、おいそれと良く帰ってこれたな。と言う意味ですか? お父さん」

 それには思わず父と呼ばれたハイドラ王も苦笑い。従者である琥珀とロゼも白雨の背後から苦笑い。

 そうして場の雰囲気を悪くしたところで、時雨が慌てて言った。

「ま、まぁまぁ! お父さんは純粋に兄貴を心配していたんだと思うよ!」

 しかし白雨の親は、やはり白雨の親。似た者親子だった。

「いや、心配などしていない。むしろ裏切られたと思っていたからなぁ」

「お父さん! 大人げないですよ。それは敵を欺く為の作戦だったって、結論になりましたよね」

「どうだかなぁ?」

「はぁ……。まぁ何はともあれ、帰って来てくれて良かったよ。兄貴」

 なんだかんだ時雨は笑顔だった。

 それを見てロゼも釣られて笑顔になるが、琥珀だけは違った。

 一見すれば、仲の良い家族。しかし彼らの笑顔の裏で、何人もの人間が苦しんでいるのが彼らは分かっていないのだろうか。

 暴君と呼ばれるほどの政治を行っているのであれば、 それなりに謙虚に生きるべきだと思う。民衆の怒りの声によって、もっと怯えて過ごすべきだと思う。

 もっともそれが無いからこそ、暴君の名を好きのままにしているのだろうが。

「おこがましい」

 周囲に聞こえないほど小声で呟いた。

 琥珀に家族は居ない。それもハイドラのような貴族による政治によって、失ったと言っても過言ではなかった。にも関わらず、その元凶が団欒(だんらん)としているのは、憎ましくも羨ましい。

 そうして黙り込む琥珀に、時雨は尋ねた。

「どうしたの? 大丈夫? 具合悪い?」

 先程から時雨は良く気を使ってくれる。目上の人間に気を使わせてしまって申し訳ない気持ちはあるが、純粋に嬉しさが勝ってしまう。

 恨むべきはハイドラ家ではなく、ファフニールアルファ。ハイドラ家を恨むなんて、てんでお門違いだと言う事もきちんと分かっていた。もっともファフニールアルファも、このハイドラ家によって滅ぼされたのだから、ある意味でハイドラ家は恩人とも言えるだろう。

 そこで琥珀は時雨の気遣いに対して嬉しさを表情に表すように微笑んだ。

「大丈夫ですよ。お気遣い、ありがとうございます」

 対して時雨は少し頬を染めて視線を剃らし、後頭部を掻きながら返す。

「ま、まぁさ。何かあったら言ってよ」

「はい。弟様はお優しいのですね」

「ちょっと前に君を苦しめてしまったから……。兄貴もこうして帰って来てくれた事だし、これからは君とも仲良くしていきたい……なんて」

 少し照れ臭そうにする時雨。

 前に会った時は変態にしか見えなかったが、今ではハイドラ家の中で一番まともに見える。

 琥珀はそんな時雨の照れを紛らわさせるように、笑って言った。

「もう、私は従者ですよ。……でもその気持ち、そう言って貰えるだけで私は嬉しく思います。……よろしくお願いしますね」

「あ、あぁ! よろしく!」

 時雨が琥珀の手を握る。

 琥珀はそれを拒む事無く、しかし少し申し訳無さそうに受け入れた。

 そしてその様子を白雨は、睨むように横目で見つめていた。

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