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八十五話『兄貴のおかげで』

 グリムソウルと適当に会話を重ねてしばらく。適当な場所に上陸してすぐに、ハイドラ達を迎える者が居た。

 そしてハイドラはその人物を見ては歩みを止め、ぼそりと呟く。

「お前がなぜここに要る……」

「久しぶり。兄貴」

 そう返したのは時雨だった。

 満面の笑みを浮かべ、小さく両手を広げて続ける。

「前は勝手に姿を消してごめんね。面倒な事になりそうだったからさ。やっぱり面倒は嫌でしょ?」

「別に何も思っておらん」

「そう、それは良かった。……それにしてもお手柄だったね」

「何がだ」

「ほら――」

 時雨はそこで背後へ注目させるように片腕を広げる。

「――兄貴のおかげで、ファフニールアルファ領はこれからハイドラの物だ」

 遠方からは火の手と煙が上がっていた。

 それ事態は、船に乗っている時から気付いている。

 今、ハイドラが気になるのは、わざわざ時雨がここで待ち伏せていた理由と、都合良く自分がここへ帰ってくるのをどうやって予測したかだった。

「俺に何か用事でもあるのか?」

「あるよ。伝言を伝えに来たんだ。と言うのも……お父さんがね? 帰って来ないか? だって」

「なに……?」

「ほらだってこう言う事でしょ? 敵を騙すにはまず味方から。ファフニールアルファ領を手に入れるために敵味方全てを(あざむ)き、敵の内側から崩壊させた。見事だって誉めていたよ、お父さん」

「……」

 見当違いも良いところだった。

 だがそうした見当違いをするのは、おおよそ予測はついていた。そして時雨がそう述べるのも(まさ)しく予定調和だった。

 だったらこの手に乗らない訳にはいかない。

「そうだな。久しぶりに帰ってみるか」

 そして次の疑問を晴らす為、ハイドラは続けて言った。

「それにしてもこの場所に俺が居るなんて、良く分かったな?」

「何言ってるの……? 兄貴」

 そう返した時雨は、心底不思議そうな表情を浮かべている。

 それにはハイドラも思わず怪訝そうな顔をして尋ねた。

「何かおかしな事でも聞いたか……?」

「うん。おかしいよ。だって当然じゃん」

 そこで時雨は地面に三角座りをして湖をぼんやりと眺めている琥珀を指差して続ける。

「僕はあの子と契約を結んでいるんだよ? 居場所くらいなんとなく掴めて当たり前でしょ?」

「あ……あぁ、そう言えばそうだったな」

 盲点だった。

 てっきりグリムソウルと関わりがあるのだと踏んでいただけに、肩透かしを食らったような気分だった。

 契約は絶対。そしてそれを再認識する。

 それに一度交わした契約は解約出来ない。近くにさえ居れば時雨の契約よりもハイドラの契約が優先される為、ハイドラがグリムソウルの前では琥珀に命令出来なかったように、時雨の契約はその場限りでは効力を失ってしまう。が、完全に契約その物を破棄するには、契約した者同士のどちらか片方が死ぬしかない。

 そこでハイドラが時雨と交わした契約は、琥珀への一切の命令とハイドラへ歯向かう事を禁止すると言ったものだった。

「それにしても兄貴……。契約を結んできたメイドを皆殺しにして力を取り戻したって聞いていたのに、どうしてその子は生きているの?」

「あぁ……その事なんだが」

 ハイドラはそこで、背後のグリムソウル……嫌がるエルを両手で持ち上げて高い高いして遊んでいるグリムソウルを親指で差して続けた。

「お前はあいつに見覚えは無いか?」

「……無いね。若い者の中に、一人変なおっさんが混じっているなー、くらいの感想しか無い」

「そうか。いや、どうやらあいつも契約の魔法使いらしくてな」

「そんな……! まさか!」

「確証はある。お前の契約が俺の前では効かない様に、俺の契約があいつの前では効かないんだ。魂によって契約を結ぶ。それがあいつの契約魔法だ」

「それって……只者じゃないよね……」

「あぁ、そうなんだ。契約によってあいつは対象者の魂と……そして遺伝魔法までも奪えるらしい」

「遺伝……魔法までも……?」

 ハイドラはそこで大きく頷く。

 時雨の反応からして、嘘を付いている様子は無さそうだった。ただ時雨も、知らないだけと言う可能性はある。

 ひとまずグリムソウルの素性を明かすのは実家に帰ってからになるとして、次にハイドラが気になるのは、そのグリムソウルが今どう動くかだった。

 相手の反応次第では、その正体を聞いてしまいたい。

「おい、グリムソウルとやら。これからお前はどうするんだ」

 時雨に背を向けてハイドラは尋ねた。

 対してグリムソウルは嫌がるエルを既に肩車状態にさせながら答えた。

「え? 帰るけど?」

「帰る……?」

「家に帰るんだよ。お前も実家に帰るんだろう? 良かったじゃねぇの」

「……お前は何が目的なんだ。そして何故、契約の魔法を扱える」

「あ、やっぱ知りたい?」

「当然だろう」

「そうかぁ、やっぱ知りたいかぁ」

 グリムソウルはそこでエルを肩車したまま歩き出すと、ハイドラとすれ違い様に続けた。

「教える訳ねーだろ、ばーか。少しは自分で考えろ。お利口さんなんだろう?」

 グリムソウルはそのまま背後のハイドラへ見向きもせず手を振って去っていく。

 それはそれは腹立たしいかったが、勝てる相手でも無い者に噛み付くほどハイドラも馬鹿では無かった。

 そうして小さくなっていくグリムソウルの背を見届けた所で、改めて時雨が尋ねる。

「ねぇ、兄貴。契約の魔法で遺伝魔法も奪えるって言ったよね?」

「あぁ、確かにそう言ったが?」

「僕思ったんだけど、あいつは初めから魂と共に遺伝魔法を奪う魔法を持っていて、後から僕達の遺伝魔法である契約の魔法を盗まれたって可能性は無いの?」

「だとすれば……俺達の身内もあいつの餌食になった訳か……。帰って調べてみるぞ」

「うん、僕も興味が出てきたよ」

 そうして一向も、進みだした。

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