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八十三話『ごめんね、その話には乗れないかな』

「……見つけた」

「お前は何者なんだ……!」

 思わずゾッとするハイドラ。

 アクア領の保安機関を、無傷で退けるとなると、この少女はきっと只者ではない。

 それに良く見ると、誰一人として殺めていなかった。それはつまり、少女は手加減をする余裕までもあったと言う事に他ならない。

 ハイドラは冷や汗を流して続けた。

「ま、まぁ……どこのどいつかは存じ上げないが、俺には関係ないな。ど……どうぞごゆっくり……」

 ハイドラは少女を無視するように船へと向かっていく。

 しかし少女は懐から何かを取り出すと、ハイドラを追い掛けながら言った。

「ボクはエル。雨芽エル。これ……君の物だよね?」

 そうして綺麗に丸められた紙を差し出す。

 立ち止まるハイドラは恐る恐るその紙へと手を伸ばすが、そこでその紙の正体に気が付いた。

「これは……俺の契約書ではないか……! どうしてお前が!」

「シャルルループって人がボクに契約を結んでくれって、無理矢理これを置いて行ったんだよ。次に来る時までに、サインを書いて置いてって。もちろんボクは契約なんて結ぶつもりも無いし、次に来た時は叩き返してやろうって思ってたけど、一向に帰って来ないから……。だから持ち主に直接返す為に、ここまで来たんだよ」

「そうか……シャルルループの言っていたエルとはお前の事だったのか……。まぁ、それは災難だったな。だがそれにしても、どうしてお前はこれが俺の物だと分かった……?」

「ボクは人一倍、魔力に敏感なんだ。だから契約書から流れる微かな魔力を頼りに、頑張って君を追い掛けて来たんだよ」

「……頑張ってなんとかなる物なのか……?」

 ハイドラは腕を抱えて考え込む。

 エルと名乗った少女は無茶苦茶な事を言っているが、裏切りメイドのように相手の遺伝魔法の力量をある程度把握できる者が居る事を考えれば、割とありえない話では無い。

 そしてそう言った力は実に魅力的で、シャルルループが契約に迫ったのも実に納得がいく。もちろん次にハイドラが取る行動は既に決まっていた。

「それはそうとシャルルループが駄目なら、俺と契約して俺の元でメイドをしないか?」

「……メイド?」

「あぁ、悪いようにはしない」

「うーん……メイド服を着てみたりしたいけど……。ボクには使命があるからね。ごめんね、その話には乗れないかな」

「そうか……残念だ」

 契約書を手に取り、あっさりと引き下がるハイドラ。

 それには訳があって、先程からずっと琥珀が無言で睨んでいるからだった。

 その睨みにどんな思いがあるのかハイドラには分からなかったが、流石のハイドラも背後から鋭い視線を向けられては、無条件で恐縮してしまう。

「で、では船に向かうぞ!」

 そして紛らわすように振り向いてそう言った時だった。

 琥珀の背後。そのもっと遠くから、無数の集団がこちらへ迫って来ているのをハイドラは捉えた。

 深く考えなくとも分かる。それは追っ手だった。

「船に急げ!」

 ハイドラは駆け出す。琥珀も背後を確認して、すぐにその後を追って行くが、その二人の目前にロゼが飛び出し、慌てた様子で言った。

「あなた様! 船は既に押さえられていて……ここを出る事が出来ません!」

「なに!? それはまことか……!?」

 動揺するハイドラ。

 しかし保安機関の追っ手は、着実に迫って来て居た。

「どうする……」

 今の三人ではどう考えても追っ手を振り払って逃げる事なんて不可能だった。

 仮に逃げられたとして、アクア領を出る事も出来ず、いずれは捕まってしまうだろう。

 エルに協力を仰ぐ手段も考えられるが、協力してくれたとしてそれもやはり時間稼ぎにしかならない。

「成す術無いのか……?」

 困り果てるハイドラ。

 もし捕まる事なんてありもすれば、全てが終わりだった。目的もくそもない。牢獄で過ごすのみ。

 そうして腕を抱え込むハイドラの耳に、聞きたくも無かった声が届いた。

「こんな所に居た……。探すのに苦労したよ、まったく」

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