八十話『ギャッ! ちょっ! ちょっと!』
「おーい。琥珀、着替えは終わったか?」
次々に衣服を手渡され、世話しなく着替えをする琥珀。
ただでさえ忙しいと言うのに、そこからさらに催促が入る。
「もう間も無くでーす」
そう返事をしてスカートに足を通した時、試着室内の鏡に写る自分と目が合った。はっきり言って、強烈な違和感しか感じない。自分の姿に、自分が驚いてしまう。
しかし今の状況を楽しいと感じてしまっている自分もどこかに居て、それもまた驚きだった。
「開けるぞー」
ハイドラが待ちくたびれたように、そう言う。慌てて琥珀がスカートを上げるが、同時に試着室のカーテンがピシャッと音を立てて開けられた。
「ギャッ! ちょっ! ちょっと!」
ハイドラが見たものは、下着姿のお尻をこちらに突き出して必死にスカートを履いている琥珀だった。
「ギャッ……ってお前……もっとマシな悲鳴は無かったのか」
「勝手に開けないでくださいよ!」
スカートを上げきった所で、琥珀が叫ぶように言った。さすがに公共の場では恥ずかしかったのだろう。
ハイドラは「まぁまぁ」と、諭すように手を上下させ、そのまま琥珀を一瞥して続けた。
「似合っているじゃないか。それはどうだ?」
琥珀は鏡を見たり、首を回して自分の背中を肩越しに確認したり、回ったりしてから答える。
「派手過ぎて落ち着かないです……」
「……ふむ。実はそう言うと思ってな。お前が試着している間にもう一着、良さげな服を見つけてきた。これならそこまで派手では無いし、気に入るだろう。俺はこの服が気に入った」
そう言って自信満々のハイドラは、その手に掛けていた一着の衣服を手渡した。
琥珀がそれを受け取り広げる。
「これは……確かに可愛いですね」
深緑色のAラインコートだった。
袖や裾にフリルがあしらわれており、お伽噺で出てきそうな可愛らしい印象を受ける。
しかしハイドラが言うように派手と言う事は無く、琥珀もそのデザインに目を奪われた。
「私が……これを……?」
「うむ。よく似合うと思うぞ。下にはこれを履け」
ハイドラが次に差し出したのは深緑色に合わせたスカートと、ふんわりとしたレースが特徴的な白のペチスカートだった。
琥珀は大きく頷いてそれを受け取ると、仕切りのカーテンをゆっくりと閉めた。
そうしてハイドラが待つ事、数分後。
恐る恐ると試着室のカーテンが開けられたかと思えば、出てきたのは着替えを済ました呆然とする琥珀だった。
「おぉ。芸術的だ。これに決まりだな」
ハイドラが琥珀を下から順に一瞥する。
スカートの裾からは白のレースが見え、その上にはフリルが特徴的なコート。ボタンが上からウエストの位置までの二つしかなく、裾が広がって綺麗なAラインを作っていた。
一言にすれば、可愛いコートとスカート。
琥珀は恍惚とした表情で自分の姿を眺めながら言った。
「夢を見ているようです。まるで絵本に出てくる少女……。夢でも嘘でも嬉しいのです。良い経験をありがとうございます。ハイドラ様」
琥珀はそこで深々と頭を下げる。
ハイドラは、本当に夢を見ているかのような琥珀を笑って言った。
「夢でも嘘でも無い。服くらいで何を大袈裟な」
「……でも、こうして服を選ぶ事なんて人生で一度も無かったのです」
「ふーん……。そんなものなのか? 実家に居た時から召し使い達に着せて貰っていたからな。俺も選ぶ事は無かったぞ。まぁ、男女の違いだな」
「そう……なんですかね」
「そうなんだろう。……では行くか」
そう言ってハイドラは店員にカード状の何かを差し出す。店員がそれをもって奥へ消えた所で、琥珀が尋ねた。
「どこに行くのですか?」
「……アクア領を出る。一応、隣の街では罪人なんでな。アクア領の上層部に情報が回って、動き出すかも知れん。それにアクアの上層部に動かれてしまっては、さすがに俺も何も出来んからな」
店員が戻ってくる。そして店員から何かを受け取ったハイドラが続けて言った。
「先にロゼを行かせて、小舟の手配をさせている。俺達も急ぐぞ」




