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七十六話『続き……我慢するのですか?』

 先程まで眠気に襲われて意識が朦朧としていた事が、嘘のようだった。

 お互いに入浴と着替えを済ませ、消灯を落としてキングベッドに潜り込んだ時、きっと自然に眠ってしまうのだろうな。と思っていた。

 しかし現実は真反対だった。目は冴え渡り、心が休まらない。そしてそれは恐らく、ハイドラもそうだった。

「なぁ……琥珀。起きているか?」

 背を向け合って横になるハイドラが琥珀へ話し掛ける。

 琥珀は仰向けになって答えた。

「起きてますよ」

「なんだか落ち着かないんだ」

 釣られてハイドラも仰向けになって、天井を眺める。

「……奇遇ですね。私もです」

「手、握っても良いか?」

 そう言われて、脈が早まるが分かる。

 琥珀は黙って手を差し出すと、顔を背けて答えた。

「……構いませんよ」

 見えない場所で、自分の手を包み込むように握られる。

 少し乱暴だったが、それよりもなぜか涌き出る安心感が気持ちの面で勝っていた。

「ああ。生きてるって実感する」

「なに当たり前の事言ってるんですか」

「……その当たり前って言うのは、『生きてる』って言うのが当たり前と言う意味か? それとも……手を握られて安心感を『感じる』と言うのが当たり前と言う意味か?」

「りょ……両方です」

「そうか。お前もそう思ってくれているんだなぁ。俺は嬉しいぞ」

「あー恥ずかし」

 琥珀はそう言うと、完全にそっぽを向いてしまう。

 ハイドラはそこで琥珀の方へ体ごと振り向くと、余った手を琥珀の腹部に乗せて言った。

「この短期間で無数の人を殺したからな……。こうして冷たくない人に触れられるのが嬉しいんだ。特に今、隣に居るのがお前で本当に良かった」

 琥珀は何かを堪えているかのような顔を真っ赤にさせて、ハイドラへ振り向く。

 対してハイドラは腹部を撫でながら、微笑んで続けた。

「そう言えば、お腹痛いって言ってな。もう大丈夫なのか?」

 琥珀はその心地よく撫でてくれる手を、乱暴に捕まえて言う。

「あーもう! 優しい言葉禁止です! ハイドラ様は、恥ずかしくないのですか!」

「……恥ずかしいも何も……本心だからな。好きな人を労るのと、ついちょっかいを出してしまうのは男子として当然の事だろう?」

「あなたはいつも堂々とそうやって……」

 琥珀は漏らすように呟くと、そこで黙り込んでしまう。

 ハイドラはそこで琥珀の腕を抱き寄せると、静かに目を閉じた。

 琥珀はそこで小さく溜め息をつく。これでは男女が逆ではないか……。と、強くなっても根本は変わっていないハイドラだが、今ならそれも可愛く思える。

 ……ハイドラは、今まで出会ってきた人間でも特に異色の人物だった。つまりは経験則に基づかない人間だった。

 自分の世話を買って出る貴族にはは、嫌と言うほど出会(でくわ)した。しかしどれも、下心が見え見えだった。

 優しく振る舞ってくれる人間にも良く声を掛けられた。しかし、そこにも見返りを求める気持ちが、嫌と言うほど伝わってきていた。

 みんな気持ち悪いほどに、女として自分を見て、女としてしか返せない見返りを求める。

 そんな世の中で、売女(ばいた)として生きるしかない女性も無数に見てきた。

 だからこそ自分はそうなりたくなかったし、そんな経験則に一括り出来てしまう人間などに心も体も許そうなどと思いもしなかった。

 しかし目の前で自分の腕にしがみつく男は、違った。

「ハイドラ様は……――」

 その情けない格好の男は、最初こそ下衆な貴族の一部だと思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。かと言って好意を寄せるような発言こそするが、特別優しくするつもりも無いようだ。その証拠に自分を低賃金でメイドとして雇い、存分にこき使ってくれている。

 そして一番疑問なのが、セクハラはするけれども、その先まで手を出してこない事だった。

 経験則に一切、当てはまらない。変わった人間だ。実は怖いのだろうか。それとも本当は興味がなくて、自分の嫌がっている顔を見て楽しんでいるだけなのだろうか。それこそ幼い男子のように。

 そして思う。本当に好きなのであれば、その先を望めば良いのに、と。

 そうして脳内を巡る数多(あまた)の疑問を、琥珀は晴らさずにはいられなかった。

「――普段セクハラとかするくせに、それ以上踏み込んでこないですよね? 興味無い……だなんて事は無いですよね? その……シたい……とか思わないのですか……?」

 自分から何を聞いているんだ……。と、言って後悔する。これでは売女と変わらない。

 しかし言ってしまったものは仕方が無いと、開き直るようにハイドラの瞳を見つめた。

 そしていつものハイドラならきっと、こう答える。

 馬鹿を言うな。中古を抱けるはずも無かろう、と。容易に想像出来るが、琥珀はそこに淡い期待を抱いてしまっていた。おこがましいのは分かっている。それでもこの人なら……と微かな希望を夢見てしまっていた。

 そしてハイドラは、琥珀の想像を大きく越える返答をする。

「馬鹿を言うな。抱けるはずも無かろう」

「……! そ……そう……ですよね……」

 分かっていたはずなのに、泣きそうになる。だが当然、それを抑えられるはずもなく、琥珀はその目尻に涙を溜めていく。

 そんな琥珀に気付きもせず、ハイドラは、さも当たり前のように言った。

「お前なぁ……当然だろう。物事には順序がある。その前に、ちゃんと手筈を踏んで……そのなんだ……まずはキスとかからか? そう言う事から始めるべきだ。俺はいつでも歓迎だぞ? んん?」

 ハイドラは見事に琥珀を裏切った。

 そしてそこで、涙を流す琥珀に気がつく。

「……っておいおいおいおい! どうしたんだ!? おい! なぜ泣いている?!」

 琥珀は泣きながらも、口角を吊り上げて笑みを浮かべ、言った。

「ハイドラ様……言い方に悪意がありますよ」

「……なんの事だ?」

「……あーもう」

 琥珀はそこで上半身を起こすと、ハイドラの唇へ、自分の唇を重ねた。

 柔らかい唇とは裏腹に、体は緊張で硬直してしまっているのが、嫌と言うほど感じる。

 身動きしないハイドラもそうなのだろう。と、そう思えば、脳みそだけは柔軟になる事が出来た。

 きっと脳内物質が迅速に分泌されている。甘くとろけてしまいそうな感覚に陥りそうだ、いや今まさに陥っているのだろう。

 そうして琥珀は顔を離すと、惚けた様子で言った。

「いきなり失礼な事を申し訳ございません。ハイドラ様……」

「琥珀……」

 ハイドラも上半身を起こす。

 そして互いに見つめ合った所で、琥珀が尋ねた。

「続き……我慢するのですか?」

「……それはこちらの台詞だ」

「……じゃあ我慢しないのです」

 二人は再びキスを重ねる。

 そうして押し倒される琥珀の喉元に、ハイドラが口付けをする。

 その時だった。

「んっ……」

 琥珀は、自分の意思とは関係なく吐息を漏らしてしまった事に、思わず口を押さえて驚愕する。

 ハイドラも同じ様子だった。

 まさか自分からこれほど妖艶(ようえん)な吐息……いわゆる喘ぎ声が出るなどとは思いもしなかった。

 そしていつまでも驚き続ける琥珀とは打って変わって、ハイドラは楽しげな表情を浮かべる。

「ハ……ハイドラ様? やっぱりちょっと休憩を!」

 慌てる琥珀だったが、既に遅かった。

 琥珀がそう言い終える頃には、ハイドラは鎖骨へと口付けを続けていた。

 そして意図せず漏れだす吐息。

「あっ……。待ってぇ……てばっ……ハイドラ様」

 そこで脱力してしまう琥珀は、吐息を漏らすと同時に、足の先から脳裏へと快感が走って来ている事にも気が付く。

 このままでは狂わされてしまう。と直感しながらも、まだ何とか機能する思考で、思う事もあった。

「な……なんで……んっ……!」

 同じ行為なのに、なぜ無理矢理された時とは比べ物にならないほどの幸福感があるのだろう、と。

 そしてその事にも驚きだが、犯されたあの時はあれほど無くして欲しかった意思が、今もこうして愛撫(あいぶ)で飛ばされそうになるのが、狂おしいほどに心惜しいのか、疑問だった。

「琥珀……。俺……もう」

「……良いですよ。ハイドラ様」

 琥珀がハイドラの首へ、腕を回す。

 そうして二人は本能の赴くままに、貪り合った。

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