七十四話『声に元気無いけれど、もしかして具合悪い?』
「――ではお客様。ご案内致しますね」
宿の受付で説明を受ける琥珀とロゼ。しかし二人の意識は既に遠退きつつあった。
従業員が何やら設備の説明をして居たようだったが、もはや記憶に残っていない。しかしその従業員の動きから、どこかへ向かう事だけは分かり、ハッとする二人は従業員に付いて行った。
「あ、ありがとうございます」
唐突に琥珀は深々と頭を下げて言う。誰が見ても寝惚けていた。
従業員が慌てて、頭を上げるようにお願いするが、隣で釣られてロゼが頭を下げる。
そこでメイド二人が従業員に深く頭を下げる珍妙な光景が出来上がった。周囲からもざわめきと共に、失笑が聞こえてくる。
そこへ、
「ここの宿はメイドを雇い始めたのかい?」
軽快な動きで従業員に近付く男が居た。
きっと常連客なのだろう。従業員も慣れた様子で返す。
「いえ、こちらの方はお客様です」
「分かってるよん。君は真面目だねぇ」
男はそのまま手を振り、この場を去って行く。
従業員はその背に頭を下げると、改めて琥珀とロゼに振り向いて言った。
「お客様! 行きますよ!」
目を擦る琥珀が返事をする。
「ふぁーい……」
琥珀は目を覚ました。
スッキリ快眠! とは言えないものの、なんとか思考回路は働く。
「寝てしまってた……」
目前には見知らぬ天井。
しかしここがどこだかは覚えている。
そこでやっと稼働しだした思考回路を使って、順に経緯を思い出していく琥珀。
「スタッフさんに迷惑をかけましたね……。恥ずかしい……」
上半身を起こす。
綺麗なホテルだった。
近くの窓から外を見下ろすと、一人の旅人が暗くなった街を歩いていた。
そこで琥珀は、今が夜だと言う事と、この部屋が二階だと言う事を知る。
「……ハイドラ様。無事かな……」
こんな時間になってもハイドラはここへ訪れて来ない。意識がハッキリしてきたせいか、不安が募っていく。
そしてその時だった。
部屋の扉をノックする音が、琥珀の耳に届いた。
「は、はい!」
慌てる必要も無いのに慌てる琥珀は、急いで扉へ向かう。
そして、ハイドラ様かな……? なんて思いながら扉を開ける。廊下に立っていたのはロゼだった。
「……どうしたのですか?」
「声に元気無いけれど、もしかして具合悪い?」
「え……? そうですか……?」
そんなつもりは無かった。だけに琥珀自身も驚く。
そう言われてしまっては、まるでハイドラの帰りを待ち遠しく思っていたようで、少し腹立たしかった。自分に限ってそんな事はない。そう思いながら、琥珀は続けた。
「そんな事より、何か用事ですか?」
琥珀の問いに、ロゼは何かを差し出して答える。
「これは私が持っているより、あなたが持っている方が安全だと思って」
それは魔法防壁発生装置と、万能薬だった。
琥珀はそれを一応受け取りながら答える。
「万能薬はともかく、魔法防壁発生装置は護身用の為にもロゼが持っていた方が良いのでは?」
「……駄目よ。それは主の大切な物だもの。金庫で保管するような物を、おいそれと使用する訳にはいかないわ」
それはそうか。と琥珀は大人しく引き下がる。どちらにせよ、魔宝石を預かっているのが自分なのであれば、一緒に管理すれば良いか。と続けて琥珀は納得した。
「分かりました。私が預かって置きますね」
ロゼはそこで頷く。
「お願いね。じゃあ、ゆっくり体を休めて」
そうしてロゼは小さく手を振って、部屋へ戻っていった。




