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七十三話『私はおこがましい人間ですね』

「ここが……アクア領」

 アクア領の国境は一目見るだけで分かるのが有名な特徴だった。

 死に物狂いで逃げてきた琥珀とロゼも、その壮大な景色に思わず目を奪われてその歩みを止めてしまう。

「すごい……ですね」

 琥珀とロゼが見とれてしまっているもの。それは痛々しい有刺鉄線でもなく、聳え立つ堅牢な壁でもなく、ただひたすらに壮大な湖だった。

 そしてその中央に、大きな洋装の城を中心とした城下町が広がっている。

 そこで琥珀とロゼは、いわゆる国境線が湖である事を理解した。

「どうやって中に入るのですか?」

「船よ。あくまでも中立な立場を主張するアクア領は、来る者を選んだりしない事で有名なの。中には悪事を働く者も居るけど、大騒ぎになる前に沈静化出来るほどの力も持っているわ。つまり水に恵まれた環境で安全が保証されたアクア領は、旅人が身を休めるには打ってつけなのよ」

 琥珀の問いにロゼは、ある方向を指差して答える。

 琥珀がその先を目で追っていくと、そこには世話しなく船が出入りする小さな乗り場があった。

「ひとまずあそこに向かいましょ?





 鳥の囀りがする。風が琥珀の髪とメイド服をはためかせ、時折顔に飛んでくる水飛沫が心地よかった。

 天候も良く、ほどよい温かさの日光が寒気を吹き飛ばしてくれる。

 琥珀とロゼは今、小型のボートでアクア領に向かう中、やっと訪れた休息に心身共に癒されていた。

「ご無事ですかね……?」

 そうハイドラの事を考えてると、休めたものでは無い。が、それでも疲れきった体は正直に、今の状況に甘んじていた。

 琥珀の呟くような問いに、うつらうつらと頭を上下させるロゼは、呂律の回らない様子で答える。

「……あの方なら大丈夫。あの状態であれば、心配いらないと思うわ」

 あれほどハイドラを心配していたロゼから、意外な答えが返ってきた。確かに今のハイドラの実力は琥珀を遥かに上回っている。

 契約によって弱体化させられている事を考えても、敵いはしないだろう。

 では何故、ハイドラがあんな状態になっているのか疑問だった。

「ハイドラ様は、メイド達の命を犠牲にしたと仰ってました。そうしないと自分が死んでいたと……。ハイドラ様はメイド達に、自ら命を絶つように命じたって事……ですよね」

「そう……ね。あの人は賢い人だから、どれほど自分が追い詰められても死なない限り力を解放する事は無かったわ。そう、どれほど追い詰められても生き残る為の算段を脳裏で張り巡らせている。そんな人。だからその言葉に偽りは無いと思う」

 それはハイドラと困難を共にしてきた琥珀にも十分に理解出来る話だった。

 そうなるとシャルルループに殺され掛けていた時も、生き残る為の算段はついていた事になる。

でないと、首を絞められて命令を下せる状況ですらも無かったからだ。

「私も……」

 琥珀はそこで漏れ出すように呟いた。

 言いたくないがそれは、どれほど愛を囁かれていても、琥珀よりも自分自身を優先させた証拠に他ならない。

 琥珀自身がまったく同じ状況に追い込まれたして、その時はきっと自分も同じ判断をしているだろう。と、ハイドラの心境が分からなくも無いが、やはり小さな不信感は生まれてしまう。

 琥珀は溜め息を付いて言った。

「私はおこがましい人間ですね」

「……?」

 琥珀の独り言に、ロゼは真面目に首を傾げていた。

 そして琥珀はそこでロゼの目を見て続ける。

「では、スコラミーレスとは何ですか? 只者で無いのはすぐに分かりましたけど……」

「うーん……説明が難しいわね……。要はとても強い人たちの集団で、魔法の精進に生涯を捧げている人達とでも言えば良いかしら……。さっきの人達みたいに、依頼で動く者も居るわ。詳しくは主に聞いて頂戴」

「……ふーん。ロゼは博識ですね」

 琥珀は何気無く返したつもりだった。

 しかしロゼは頬を僅かに染めて返事をする。

「べ、別に博識と言う程でも無いわっ……!」

 照れている様子だった。

 琥珀も返事に困ってしまい、愛想笑いを浮かべて会釈するしか無かった。

「あはは……」

 そうして二人はしばらくしてアクア領に降り立ち、すぐ近くの宿へと(おもむ)いた。


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