七十話『ロゼ』
「……心して付いて来い」
それが地下室に入る前のハイドラの言葉だった。
今更、地下に訪れるのに何をそんなに心構えをして行く必要があるのか。琥珀はそこはかとなく疑問だったが、実際に訪れてみた今ならそれも納得が出来た。
「これは……」
さすがの琥珀も思わず顔を歪め鼻を手で押さえてしまう。
ハイドラに関しては気分を害するとか、もはやそんな次元をとうに越えて、ひたすら嘔吐きながら涙目で地下の廊下を歩いていた。
メイド長も、辛そうな表情で辺りを見渡している。
「死屍累々とは正しくこの事ですね」
地下の廊下はメイド服を来た死体で埋もれていた。
壁も床も天井も全てを赤黒く染め上げ、至る場所から異臭がする。気が狂いそうだった。
琥珀自身でこれほど辛いのに、メイド長が良く自我を保っているな……。と疑問に思ってメイド長へ振り向くと、案の定と言うか、メイド長は既に顔面蒼白させて今にも倒れてしまいそうだった。
「大丈夫ですか?」
「――……! ――……! ――……! ――……!」
尋ねてみたが返事はない。
そして良く見ればメイド長の口元が動いている。耳を済ませば、何かをぶつぶつと呟いていた。
「え? 聞こえませんよ」
琥珀がメイド長に近付く。そしてそこでハッキリと、メイド長の声を捉えた。
「オレガノ……! フェリス……! アウラ……! プラム……! カナリア……! アルカ……!」
「え……?」
それはメイド達の名前だった。
死骸の一つ一つを目で追っていっては、律儀にその名を呼んでいる。
誰が見てもメイド長は既に狂ってしまっていた。
「あーあ……。メイド長もメンタル弱いなぁ」
琥珀は聞こえない程度にそう呟くと、勢い良くメイド長の背を叩いた。
そこで我に帰ったかのように振り向くメイド長に、琥珀は尋ねる。
「大丈夫ですか? しっかりしてください。メイド長」
メイド長は明るい色の髪を掻き分け、紫色の瞳を琥珀から逸らして言った。
「……ロゼ」
「まだ続けますか。もう一発、必要ですか?」
琥珀は手の平を見せて言う。
対してメイド長は、慌てて答えた。
「ち、違うわ! 今のは私の名前よ!」
「名前……?」
「そうよ。私はもう、メイド長でも何でもない……。だからロゼと呼び捨ててくれて構わないわ」
「……分かりました」




