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七話『契約に基づき、命じる。汝、我に胸を揉ませるべし』


「ここが頂上ですか」

「はぁはぁ……。あぁ、そうだ」

 息を切らす少年より先に行く少女は、そこから一望できる街を見下ろしながら言った。

 それにしても、どうしてこんなに体力が無いのだろうと少女は少年へ視線を移して思う。

 額は汗だらけ、全身は砂だらけ。

 情けない格好である。

 もっとも後者は自分が原因であるがそれは自業自得と言っても過言で無いと、少女は心の中で自分を正当化する。

「交渉相手はどこに居るのでしょうか」

 少女の問いに膝を抱える少年は黙って先を指差す。

 するとそこには、古ぼけた小さな小屋があった。

 まるでお化け屋敷のようにある意味での威厳を放つ小屋に、少女が顔を引き吊らせていると、不意にその扉が開かれる。

「おお、小僧。どうした? こんなところまで来て」

 そう言って中から現れたのは図体の大きい老人だった。

 汚れた作業服を着るその老人は、疲れ果てる少年に手を振っている。

 それを返す余裕も無い少年はとぼとぼと老人との距離を詰めると、力を振り絞って叫んだ。

「どうしたもくそもあるか! クソジジイ!! また商談の約束を忘れやがって!!」

「へ? 商談?? 今日じゃった?」

「今日だよ!! 今日!! 今の日と書いて今日だよ! 認知症か!? ジジイ!」

 度が過ぎる悪口に少女も思わず少年の肩に触れて首を横に振る。

 少年はその手を払い除けると、少女を無視して言った。

「日が暮れちまう。さっさと(ぶつ)を交換するぞ」

「あ、あぁ」

 老人はそう言って足早に小屋に戻ると、大きな白い袋をぶら下げて帰ってくる。

 恐らくゴツゴツして硬度のあるものが入っているのだろう。袋のあちらこちらに凹凸が出来ている。

 老人はその袋をガシャンと音を立てて少年の足元に置いた。

「魔宝石。採れたてだ」

「おお、良いね良いね。ここまで来た甲斐があったと言うものだ。では俺からはこれを……」

 少年がそう言って小さな煙と共に手の平に出現させたのは、丸められた紙だった。

 それを老人に差し出す。

「おお! 素晴らしい!」

 老人は素早くその紙を受けとると大切そうに懐にしまう。

 そんな嬉々とする老人に少年は腕を組んで言った。

「それをどう使うかはあんたの勝手だが、悪用して身を滅ぼしても俺は知らないからな。まぁ三度目の商談だ。余計な警告かも知らんが」

 大きく頷く老人を最後に、少年は背を向けて来た道を戻っていく。

 そして背後の白い袋を親指で指差しながら言った。

「運んでくれ」

「分かってます」

 食いぎみの少女の返事に少年は眉をしかめるが、袋を持ち上げられる音を聞いて安心する。

 老人がまた手を振っているだろうか、要らぬ時間を食いたくない少年は足早に下山して行った。

 そうしてまた息を切らし始める少年に少女は問う。

「何の商談だったのですか? 何を渡して、何を貰ったのか気になるのです」

「俺が貰ったのは魔宝石。用途は様々。さっきのジジイはこの辺の鉱脈の地主で、俺がそのジジイに渡したのはお前とも交わした契約書だ」

 やっぱり……と少女は、少年との過去を思い出す。

 契約を交わす事になったあの日の事を忘れた事など一度も無かった。

 と同時にまさに自分がその契約に縛られている身である事を自覚する少女。

「絶対的な契約を結ぶ魔法……」

 漏らすような少女の呟きに、少年は乗っかる。

「そうだ。俺は選ばれし者なのだ。遥か昔、我々の祖先がまだ魔人の支配を受けていた頃の話だ。俺のご先祖様は魔人によってある魔法を与えられた」

「……それが契約の魔法なのですね」

「いかにも。魔人には魔人同士の揉め事があったと聞く。それを契約と言う形で進めるべく、与えられた魔法が今こうして俺にまで遺伝されているのだ。曰くその魔法は絶対的な効力を持ち、曰くその魔法はいかなる場合にも適応される」

 少年はそこで息を止めていたかのように激しく呼吸を乱すと、舌を出して続けた。

「はぁはぁ、魔人にとっては俺達人間は道具に過ぎなかったのだろうが、そのお陰で今の生活を送れているんだ。ほんと感謝しないとな」

 少年がメイドを雇うほどの優雅な生活を送れているのは、その魔法で作り出された絶対的な契約書で商売をしているから他にならない。

 他者に無い力を産まれながらにして持つ少年は、自称するように選ばれし者であり、そして名高き貴族だった。

 禁忌される人類の敵、魔人。本来ならばその魔人に感謝の念を送る事などご法度であるが、その地位故か、だれも少年を責める事は出来ない。

「いつかあなた様が身を滅ぼしますよ」

「そんな事があるものか。俺の契約は絶対だ。例えば……契約に基づき、命じる。汝、我に胸を揉ませるべし……と言えばーー」

 少女は唐突に担ぎ上げている白い袋を落とすと、横に並ぶ少年の手を掴み上げ、そのまま自分の胸に押し付ける。

 その柔らかな感触にご満悦な表情を浮かべる少年だったが、

「ーーこのようにお前は有無を言わさず俺の指示に従う事になる。……っておい!! 魔宝石が割れてしまうだろうが!!!」

 魔宝石が音を鳴らして落とされた事に後から気付き、その場で地団駄を踏んだ。

 そうして解放された少女は揉まれた胸を(はた)く。

「今のは契約にも穴があるってお手本ですか? さすがです。勉強になりますね」

 また嫌味か。と少年は溜め息を付きそうになるが、今の行いを考えれば嫌味の一つくらい飛んで来ても何も不思議ではないなと一人で納得する。

「まぁ、要するにだ。あの契約書を使って結ばれた契約は絶対。それが分かればよろし」

「でしたら……その契約で私をーー」

 少年はまだ話している途中の少女の口を手で押さえる。

 そうして疑問符を並べる少女に少年は言った。

「ーーお前の言いたい事は分かるぞ。契約の力を使えば、掃除洗濯料理を完璧にさせ、性格も変えさせる事は出来る。だがな?」

 少年はそこで少女の口を解放すると、その手の臭いを嗅ぎながら続けた。

「それはあくまでも俺の前だけだ。根本から変えれる訳では無い。そんな仮初(かりそ)めなものに俺は何の魅力も感じない。……俺はありのままのお前に魅力を感じているんだ。すーはー」

 少女は素早く後退りをする。

「している事が気持ち悪すぎて会話がさっぱり頭に入ってきません」

「お前……今日もミルクを飲んだな?」

「ななななななんで分かるのですか!」

「それも一日三食、欠かさず牛乳を飲んでいる」

 図星だった少女は言葉を失ってしまう。

 そんな少女に少年は指先をわきわきと動かしながら続けた。

「胸を大きくしたいのか……? そんな香りがしたぞ?」

「……うっわー」

 そう言った少女は白い袋を背負うと、足早に歩いていく。

 追いかける少年がそのペースに付いて行くのに必死だったのは言うまでも無かった。

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