六十八話『ならばせめて苦しまずに逝かせてやろう』
風が吹く。それは炭を巻き上げるように吹き渡って行くと、そのままハイドラと琥珀、そして向かい合うロジックベンセンの容姿をするシャルルループの衣服を揺らめかした。
日は次第にその高度を落としており、徐々に気温が下がってきている。既に肌寒かった。
「シャルルループさんを殺してあげてください。ハイドラ様」
琥珀は風によって顔に掛かる髪をかき分けながら、冷たく言い放つ。
ハイドラはそこにどんな意図があるのか、尋ねざるをえなかった。
「どういう事だ? 琥珀」
「グリムソウルと魂の契約を結んで、勝手な事が出来るはずも無いのですよ。……私がそうでしたよね? まだ私は生前に契約したからある程度の自由が許されますが、死んでしまっているシャルルループさんにそんな権利はありません。死しても尚、こき遣われ、老廃していく魂はやがてグリムソウルに喰われてしまう。……それって可哀想じゃないですか。それに亡骸を操り人形のように扱われるロジックベンセンさんの為にも、ここで殺してあげてください」
「そう言う事か。ならばせめて苦しまずに逝かせてやろう」
ハイドラは綺麗な廊下の床から、荒れた焼け跡へと足を踏み入れる。
シャルルループは構えを取って言った。
「舐めるなよ、小僧。だがまぁいい……どのみち私を殺めたお前達はここで始末してやるつもりだった。そしてツクリに会いに行くのだ。さぁ今こそ見せてやろう! 我が誇り! 遺伝魔法を!! 楼壁『セヘルジタール』!!」
ハイドラが駆け出す。
シャルルループは魔法名は述べ、軽く跳び跳ねると、そのまま地面を拳で叩き付けた。
「堅牢にして鋭利な魔法防壁の始祖! その目に焼き付けるが良い!!」
ハイドラが鼻の先までの距離へと迫る。
そこでシャルルループは視界の端で哀れな眼差しを向ける琥珀を捉え、そして琥珀の唇が動く様を一言一句、見逃さなかった。
「駄目なのですよ……。シャルルループさん」
次の瞬間。ハイドラの片腕が、シャルルループの胸を貫いた。大量の返り血が、ハイドラへ降り掛かる。
シャルルループの表情は、なにか不服な思いがあるのか酷く歪んでいた。しかしもう言葉を発する事も出来ない。目尻に涙を溜めるシャルルループは、最後の力を振り絞って琥珀へ振り向いた。
そして琥珀は、その思いに答えるかのように、無表情のまま呟く。
「遺伝魔法は魂の魔法。あなたにしか扱えないその魔法は……あなたの魂と共にグリムソウルの手元にあるのです」
ハイドラの腕がシャルルループから引き抜かれる。
そうして白目を剥く亡骸は、炭の中に埋もれていった。
「これで良いんだな? 琥珀」
「はい。ありがとうございます……」
誰に代わってのお礼なのか。シャルルループの亡骸を見て悲痛な表情を浮かべる琥珀へハイドラは歩み寄っていく。
そしてその時だった。
二人が聞き馴染んだ声が、この場に響き渡る。
「あなた様……! 良かった……やっと合流出来ました……! 大変です! 迫り来る……その……ハ、ハイドラの軍勢に対抗する為、街の上の人間はあなた様を人質に取るそうです!」
ボロボロのメイド服を着て、そう訴え掛けたのは、腕から流れる血を押さえるメイド長だった。




