六十六話『無理に笑わなくとも良いんですよ』
「お前は身を隠していてくれ」
ハイドラは琥珀を部屋へ押し込め扉を閉めると、首を鳴らして続けた。
「ファフニールアルファを手に掛けた殺人犯を捕まえるには……少し手薄過ぎるじゃないか?」
ハイドラは駆け出す。
狭い廊下に銃声が一斉に鳴り響き、弾幕となって銃弾がハイドラを襲った。
ハイドラは走りながらも懐へ手を忍ばせると、襲い来る銃弾がその身に届く前に何かを取り出し、それを盾にするように構える。
「魔法防壁展開……ってか……?」
それは以前、シャルルループとの商談で手に入れた魔法防壁発生装置だった。
掌サイズの勲章のような装置は、半透明の薄い壁を発生させると、銃弾を力強く受け止める。
そして防壁はそのまま大きく広がり、止まる事なく壁や床、そして天井に食い込むと、ハイドラの立っている側と武装集団の居る側とで、廊下を完全に隙間無く隔てた。
その中でハイドラは、いまだ発砲を続ける武装集団へ不敵な笑みを向け、額に片手を当てて、余った片手を防壁に沿わせて言った。
「まったく……無駄な事を……。最高位火魔法『サイケデリックコロナ』」
防壁に沿わされたハイドラの手から一筋の光線が放たれる。
それは防壁を透過して、向かい側の床を手前から奥へ駆け抜けるように照らして行くと、その後を追い掛けて順に大爆発が起きていった。
当然、隔てられているハイドラへの被害は一切は無い。が、その魔法自体の勢いは凄まじく、ハイドラが防壁越しに見る景色は、燃え盛る紅蓮の炎のみだった。
「ハイドラ様!」
顔を蒼白させる琥珀が勢い良く扉を開けて、名を叫ぶ。
ハイドラは笑顔で振り返り言った。
「もう終わったぞ」
「これを……ハイドラ様が……?」
未だに勢いを弱める事なく、渦を巻くように燃え盛る炎を瞳に写して琥珀は尋ねる。
対してハイドラは凛として答えた。
「そうだ」
「……すごいですね。どうして今まで、その力を使わなかったのですか……」
抱いて当然の疑問だと言える。
琥珀は何故かうつ向くハイドラに歩み寄りながら、続けて尋ねた。
「その力があれば山賊に襲われた時も、シャルルループに殺されかけた時も、勝てたのでは……?」
「……代償がある。それは……契約者の命だ。今の力は、メイド達の死の上に成り立っているんだ」
そこでハイドラは暗い顔を上げ、作り笑いを浮かべて続ける。
「……それに俺は頭が良いから、そのタイミングで力を解放せずとも乗り越えられていた。そうだろう?」
「……」
琥珀は困ったような表情を浮かべると、そこで黙り込んでしまう。かと思えばすぐにハイドラの頬に手を触れて、話し出した。
「無理に笑わなくとも良いんですよ」
それを聞いたハイドラから、作った笑顔が剥がれ落ちた。
そして曇った表情で尋ねる。
「俺は……これで良かったのだろうか……? あの時の俺は、お前も含めてメイド達より俺を優先させた。結果的に俺は助かったが……そうしなければ、メイド達は今頃……」
「……」
琥珀はまた、黙り込んでしまう。
自分から質問しておいて黙まってしまうのはどうかと思うが、今のハイドラに軽薄な返事はしたくなかった。
ハイドラの頬から手を引いて、そのまま胸元に置き、まるで自分の事のように重い表情で悩む。
そんな琥珀に、今度はハイドラが頬に触れながら言った。
「なんでお前がそんな表情をしているんだ。馬鹿だなぁ」
「……辛い選択だったのですね」
ハイドラの心情を察すれば、それくらい伝わる。
そして、性根は良い人なんだな。とここで強く実感する。と同時に、いかに自分が狂っている人間なのかを、より強く実感する琥珀。
もしハイドラの状況を自分に置き換えた時、自分はどう思うだろう。そう考え自問した時には、答えはあっさりと返ってきていた。
きっと自分は、何事も無く過ごしている。そしてそんな自分に掛ける言葉も、あぁ薄情な人間だね。それくらいの物だった。
先程の重たい表情は、そんな自分への嫌気によるもの。
こんな自分だからこそ、ハイドラに言いたい言葉があった。
「ハイドラ様は、良い人ですね」
「……どうだかな」
ハイドラはそうとだけ答えると、炎の方へと視線を戻す。
すると燃え盛っていた炎が静かに姿を消し、そこに残ったものは鉄骨が露になった宿だった。
それ以外の物は屑として炭の山になっている。
魔法防壁はこの宿を両断するほどに大きく展開していたようで、半分だけ無傷な建物と言う歪な物が出来上がっていた。
そして、そこへハイドラでも琥珀の物でも無い声が響き渡る。
「私の差し上げた魔法防壁が大いに役立ったようで……。それは何よりだ、ミスターハイドラァ」




