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六十三話『いえ……いずれは言おうと思ってましたから』


 男は皆、最低だ。それがシャワーを浴びてきた琥珀の脳内を満たす言葉だった。

 スラム街に捨てられ、そこで過ごす様になった時、無数の男に声を掛けられてきた。それは皆、体が目的だった。初めから分かり切った事だった。

 故に、体を許した事なんて一度たりとも無かったし、こちらから媚びる事なんて絶対にありえなかった。

 一応は女だし、そう言う行為はそれなりの過程を経て、愛せる人と行いたかった。しかし結果は実に無惨なものだった。

 琥珀はまだ疼く腹部を押さえて、階段を上がる。

 最低な気持ちだった。

 ただでさえ歩く(ごと)に痛みが走ると言うのに、段差のある階段は辛かった。

「はぁ……」

 重い溜め息が漏れだす。そして、階段を上がりきった所で、見たくもないベッドが目に入ったと共に、予想すらもしていなかった人物が項垂れているのを視界の端で捉えた。

「ハイ……ドラ様……?」

 名を呼ばれたハイドラが振り返る。どう言う訳か、驚いた表情で涙を流していた。

「琥珀……? 居たのか……!」

 全裸にタオル一枚と言う格好だったが、そんな事はどうでも良かった。

 今、一番会いたくない人物に会ってしまった。

 琥珀は目線を逸らして呟く。

「どうしてここに……」

「お前を……探していたんだ」

「私を……?」

 琥珀は改めてハイドラへ視線を向ける。

 そしてハイドラの変化に気付いた。

「髪が……」

 ハイドラは立ち上がると、自分の髪に手を通しながら答える。

「あ……あぁ。少し色々あったな。……そんな事より近付いても大丈夫か?」

「うん……」

 縮こまる琥珀にハイドラは近付いて行きながらも自分の着ているジャケットを脱ぐと、それを琥珀に上から被せた。ハイドラの予想外の行動に、琥珀は思わず首を傾ける。

「ハイドラ様……これは……?」

「その……なんだ。いつまでもそんな格好で話させるのも、どうかと思ってな」

 頭を掻いて答えるハイドラ。

 琥珀はそんな様子のハイドラをポカーンと呆気が取られたように眺めていたが、不意に声を漏らすように笑い出した。

「ふふっ……。あははっ……! 普段は脱がしたがるのに、可笑しな事を言うんですね」

「……何がおかしい?」

「いえ、嬉しいんですよ。ありがとうございます」

 緊張の糸が一気にほどけた気がする。まだ精神的に余裕があるわけでは無いが、それでも元気に振る舞うくらいの軽い演技くらいは出来る気がした。

 琥珀はハイドラの手を掴むと、少し微笑んで続けた。

「では立ち話もなんですし、座りましょうか」

「あ……あぁ、そうだな」

 ハイドラの表情にも覗かせる程度にだが笑顔が現れる。

 そうして琥珀はベッドの前までハイドラを引いて歩いて行くと、体液で汚されたシーツを丸めて捨て、ベッドの端にハイドラと共に腰掛けた。

 そしてすぐにハイドラが問い掛ける。

「だったら俺の上着なんて羽織ってないで、備え付けのバスローブなりを着たほうが良いんじゃないか?」

 ハイドラは手を差し出して上着を預けるように促すが、対する琥珀は上着の襟を掴んでハイドラと反対の方向へ体を傾けて答えた。

「やでーす」

「変な奴だな……」

「これが今、一番落ち着くのです」

「そうか。悪い気はしないぞ……」

 ハイドラは静かに手を下ろすと、呆然と前を眺める。

 琥珀も、並んで前を見る。

 そこでしばらくの沈黙が訪れた。

 どれくらい経っただろうか、その沈黙を先に破ったのは、ハイドラだった。

「なぁ……」

「なんですかー?」

「痛かったり辛かったり……してないか……? 俺はさ……たぶん辛いんだろうけど、お前を見て吹っ飛んだと思うんだ。……でもお前は違うだろう?」

 ハイドラの声はこれ以上になく、真剣だった。

 琥珀は、腹部を押さえて答える。

「ちょっとお腹が痛いですね。でも辛さは……ハイドラ様と同じく……ハイドラ様を見て吹き飛びましたよ」

「ではもう一つ聞いて良いか?」

「……良いですよ」

「ここで……あいつに何を……されたんだ……?」

 それまでは口角を吊り上げて平常を装っていた琥珀の表情が一気に冷めていく。

 それは質問したハイドラ本人が慌てるほどだった。

「す、すまない……。嫌な質問をしてしまったな……」

「いえ……いずれは言おうと思ってましたから」

 琥珀はそこで座ったまま背後に振り向くと、ベッドの中央に手を置いて続けた。

「私はここで……。……犯されました」

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