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六十話『最高に気持ち良かったぜ?』

「うわぁ……こりゃ、派手にやったねぇ……。そしてやっと、本気を出したか……。何度もそうさせるように仕向けたんだけどねぇ。意外と粘ってくれちゃってぇ……」

 地下に鳴り響く靴音。その正体は、白い髪の男性だった。

 ハイドラはその姿を確認するや否や、飛び掛かる。

 しかし、

「やめとけってぇ」

 男性は意図も簡単にハイドラの頭を鷲掴みにすると、血の滴る床に捩じ伏せた。

「貴様……! 琥珀に何をした……!」

「分かってんだろう? 最高に気持ち良かったぜ? ハハッ」

 男性は高笑いをしてハイドラを解放する。

 そしてまたもや飛び掛かろうとするハイドラよりも先に……顔を近付けて言った。

「でも死んじゃった」

 それはそれは軽い表現だった。

 まるであめ玉を落としてしまったかのような軽さ。人が命を落とした時の発言とはとてもとても思えない。

 そして後退りするハイドラの目を、睨んで続けた。

「けど殺したのはお前だけどね。ハイドラ」

「……」

「分かってるだろう? お前を縛り付ける契約を破棄して力を取り戻すには……お前か契約している者のどちらかが死ぬしかない。そうしてお前は自分の命を天秤に掛けたとき……選んだのは、自分だった。そうなればもちろん琥珀ちゃんも……そうだよねぇ?」

「……それがどうした」

「それがどうした? なに意味分からない事言っちゃってんの? つまり琥珀ちゃんを殺したのはお前だって事さ。……あー、けどね? 俺は分かってたよ。お前がその行動に出ることくらい。だからさ、俺は最後に琥珀ちゃんと、お楽しみな時間を過ごしたって訳」

「……どうやって琥珀の記憶を弄った?」

「……さぁ? 琥珀ちゃんにでも聞けば?」

 男性はそこで背を向けて地上へ戻っていく。

「馬鹿にするのもいい加減にしろ……!」

 ハイドラはその男性の襟を掴むと、そのまま男性を天井に向けて投げ飛ばした。

 そしてあろうことか、男性は天井を貫いて地上に吹き飛ばされる。

 大穴の空いた先は雲一つない空で、月明かりが本来なら届くはずもない地下を明るく照らした。

 そこは屋敷の庭だった。砂埃が落ちてくる。そしてそれは床に溜まる血を汚し、ハイドラはその血を踏み締めて、高く飛び上がった。

「お怒りだねぇ」

 地面に寝そべる男性が立ち上がり衣服を(はた)く。

 ハイドラは地上に着地すると、すぐさま駆け出し男性の胸ぐらを掴み上げた。

 そして勢い良く投げ捨てる。

 対して男性は抵抗することもなく、土の地面の上を転がっていった。

 そして静止した先で、まるで何事も無かったかのように立ち上がる。

 それがハイドラを余計に苛立たせた。

「何度でも痛みつけてやろう……!」

「何度もさせるかっての……最高位氷魔法『フリージングフォース』」

 男性の指の先が怪しく輝き、再び駆け出すハイドラの足を瞬時にして凍らせた。

「最高位火魔法『サイケデリックコロナ』」

 ハイドラも負けじと魔法名を詠唱し、指の先か一筋の光線を放なつ。そして光線を手前から奥に振り払い、地面を焼きながら男性を襲うが、男性はそれを横に跳ねるように回避した。が、あろうことかその光線が通った後、その道筋に沿って順に大爆発が起きていく。

 そしてその熱により足元の氷が溶かされたハイドラは、躓きながらも再び駆け出した。

 対して男性はその爆発の余波を受けながらも、意気揚々として言った。

「やるぅ! ハイドラ! だが、これでどうよ? 井繞(いじょう)魔法『オブリタレイト』」

 男性の手から黒い物体が放出される。

 そしてそれはハイドラの目前に迫ると大きく形を広げて、体を包み込むように呆気無くハイドラを拘束した。

「なんだ……これは! 卑怯者め!」

 思わず地面に倒れ込んでしまうハイドラは声を荒げて言う。

 男性はそうして無駄な抵抗と理解しつつも暴れるハイドラの顔の前に屈んで鍵を置いて言った。

「ほら、近くに大人の宿があるだろう? これ、そこの鍵なんだよねぇ」

「貴様……!」

 ハイドラはそこで琥珀を思いだし、男性を睨んむ。

 ここで睨んだって仕形がないのは分かっている。それで琥珀が戻る事は無いし、なによりも自分の選択で殺した事も理解している。

 だがしかし、この男を許せる訳ではなかった。

 この男を殺した所で何も変わらないのも、もちろん分かっている。が、それでもやはりこの恨みは消えなかった。

「殺す……!」

 もはやうめき声に近いハイドラの声。

 男性は立ち上がると、ハイドラを拘束する魔法を解除し、この場から去りながら楽しげに言った。

「いつか……また殺しに来てよ。今の君じゃ俺には勝てないからさ」

 ハイドラは立ち上がる。

 そして鍵を蹴り飛ばして駆け出した所で男性は続けた。

「あーあ、良いのかい? その鍵は、琥珀ちゃんが待ってる部屋に続く鍵なんだよ?」

 その言葉にハイドラは思わず動きを止めた。

 そしてその反動で地面を転がってしまいながらも、言った。

「琥珀は……俺が殺したんだ……! 戯れ言を言うな!!」

「あれぇ? おかしいなぁ? 俺、言わなかったかァ? 俺の前では、お前の契約魔法は効かないって。……まぁ、真実はその目で確かめて見てよ。記憶も魂も返しておいたからさ」

 男性は背を向けたままそう告げると、その姿を小さくしていく。

 ハイドラは男性を諦めて目前に転がる鍵を拾い上げると、僅かな希望にすがる思いですぐに駆け出した。

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