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五十八話『ううぅ……。琥珀……助けてくれ……』

「そこの兄さん。残念だったなぁ。可哀想に、女取られて……。まぁ、この街では強い者が王者なんだよ」

 落胆としてその場を動けずにいるハイドラに、気安く声を掛ける者が居た。

 その人物はハイドラの肩に腕を回すと、そのままハイドラの肩を数回叩く。

 ハイドラは鬱陶しそうに返事をした。

「なんだ……。何が言いたい」

「お前、まだ状況が掴めてないのか?」

 その人物は唐突にハイドラを蹴り飛ばした。

 あまりにも突然な事に、目を丸くするハイドラは、倒れながらもその人物を一瞥する。

 小汚ない格好をした、いわゆる浮浪者だった。

「な、何のつもりだ……」

「声が震えてるぜ? ぼっちゃんよ。ひとまず、ブツ……置いていこうか」

 恐れ戦くハイドラを、浮浪者はまた蹴り飛ばす。

 周囲の少ない人間も、ハイドラを助けようとはせず、腐った魚のような目で、その景色を眺めていた。

「や、止めてくれ……!」

「だったら金目の物をさっさと置いて行きな!じゃねぇと、死ぬぜ?」

 浮浪者はハイドラを地面に蹴り倒すと、磨り減った靴底で頭を押さえ付ける。

「ううぅ……。琥珀……助けてくれ……」

 その言葉は琥珀は愚か、誰にも届かなかった。

 ただ、返ってくるは浮浪者の高笑いのみ。

「ははは。こいつ助けを乞うてるよ。こんな街でお前みたいな貴族を、誰が助けるって言うんだ?」

「ち、力さえあれば……き……貴様如きに……」

「おぉ? やるのか?」

ハイドラはそこで浮浪者の足を掴んで抜け出すと、拳を握って殴りかかった。

そしてその瞬間、ハイドラは突如襲い来る強い衝撃によって、呆気なく意識を手放した。







「いてて……」

 次にハイドラが目を覚ましたのは、夕暮れのスラム街だった。

 ピリッと痛みが走る口の回りを撫でると手に、唇から流血しているであろう血が付着する。

 ハイドラはそれを悔しい気持ちを押し殺すように手を握り締めて立ち上がると、今度は妙に肌寒い事に気が付いた。と同時にパンツとシャツだけを残されて身ぐるみを全て剥がされている事にも気が付いた。

「くそ……!」

 ハイドラは行き場の無い怒りの矛先を地面に向ける。靴すらも履いていない素足で、地面を踏みつける。そうして返ってくるのは、響くような虚しい痛みだった。

「琥珀……」

 すぐ近くには、恐らく浮浪者の住み処だと思わしき寄せ集めの木材等で作られた小さな小屋があった。

 はっきり言ってごみ屋敷にしか見えないその中から、ハイドラはボロボロの穴の空いた毛布を勢い良く手に取る。

 そしてそれを体に巻いて、この場から逃げるように、走って去って行った。

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