五十四話『世話の焼ける従者だ』
あれからしばらくして、夕暮れの時。ハイドラは料理を持って部屋に戻っていた。
相も変わらず琥珀の状態は悪い。頬をりんごのように真っ赤に染めて、息を荒くしている。
「お手を煩わせてしまって申し訳ありません……」
座るのがやっとの状態まで風邪を悪化させてしまっていた琥珀は、楽な格好に着替えを済ませ、料理を運んできてくれたハイドラにお礼を述べた。
「大丈夫か?」
ハイドラは琥珀の額に手を当てて尋ねた。
悩む間も無く、手に熱さが伝わってくる。ハイドラも思わず、苦い表情をしてしまう。
「だ、大丈夫です」
「大丈夫じゃないだろう」
「う……うん」
「まったく……裸になって遊んでいるからだ」
「……」
こうしてやり取りをするだけで、吐き気が込み上げてくるのか、琥珀は咄嗟に口元を腕で押さえた。目を険しく細めて何かを堪えているような。そんな表情をする琥珀に、ハイドラまで険しい表情が移ってしまう。
「会話が辛いなら無理はするな。食事も……もし可能であれば、辛くとも少しは口に入れておけ」
ハイドラはベッドの横に配置させておいた小さなテーブルに、消化の良さそうな物が揃った食事を置くと、隣のベッドに腰掛けた。
そこでやっとの思いで吐き気がおさまってきた琥珀が、涙目のままハイドラを見つめて尋ねる。
「どうして……そんなに優しくしてくれるのですか……」
「言っただろう。お前が好きだからだ。誰にだってこんな態度を取るような俺では無い。それはお前も良く知っているだろう」
実際その通りだった。ハイドラが、他人に優しく寄り添っている所など、見たこともなかった。
失礼な話、子供であろうと小動物であろうと平等に、高圧的に接するのがハイドラだった。
それが今や自分を特別扱いしてくれている事から、ハイドラの言葉が嘘でない事は理解できる。
それはなぜか、認めたくないが、琥珀は嬉しかった。
「ありがとう……ございます」
「もう礼は良いから、余裕があるなら食事を取れ」
ハイドラにそう言われて琥珀は食事に手を伸ばす。
そして粥を少量口に運んだ所で、横になってしまった。
やはり座っているのも辛いのだろう。
ハイドラは既に瞼を閉じて懸命に眠ろうとする琥珀を横目で確認すると、部屋の明かりを静かに消した。
「寒い……」
ハイドラが天井を眺めて眠れない夜を過ごしていると、不意に弱々しい声が聞こえた。
「どうした?」
すぐさま上半身を起こして暗闇に慣れてしまった目で確認すると、布団にくるまって震える琥珀が眠っていた。
どうやら先程のは寝言のようだ。
しかし本当に寒気に襲われているのは、一目見て分かる。
ハイドラは徐に立ち上がると、自分の被っていた布団を持って、そのまま琥珀に被せた。
「世話の焼ける従者だ」
そうしてベッドに戻ろうとした時、不意に手首が掴まれた。
熱すぎる手で、手首を握ってくるのは当然、琥珀だった。
琥珀はそのまま、目を閉じたまま続ける。
「待って……。ハイドラ様……助けて……」
「どうしたんだ? 大丈夫か?」
「……」
返事はない。どうやらそれも寝言のようだ。
しかし手首を握る手は徐々に位置を落とし、ハイドラの手を強く握った。
「俺はどうしたら良い?」
「ここに……居てください。琥珀から……離れないください。私を……もう一人にしないで」
返ってきた明白な答え。
ハイドラはひとまずベッドに腰掛ける。
そこで忘れていたある事を思い出した。
「しまった……。昼に買った薬を飲ませるのを忘れていた……」
ハイドラはポケットから錠剤の薬を取りだし、それをしばらく眺めていると、意を決したように話しかけた。
「起こして申し訳ないが、これは飲んでくれ」
琥珀の体を揺らす。
それに答えるように、琥珀はすぐに目を覚ました。
「ハイドラ……様?」
「すまないな。薬を渡すのを忘れていた。これだけ飲んで寝てくれ」
ハイドラは食事と共に運んできていた水の入ったグラスを琥珀に手渡すと一緒に錠剤を差し出す。琥珀はそれを受け取り言われるがまま口に運んだ。
ハイドラは、琥珀が薬を飲みきった事を確認すると、琥珀の頭を小さく撫でてベッドに戻ろうとする。が、
「行かないで……! ください……ハイドラ様。……どうか昨日のように……一緒に寝てください」
琥珀はまたもやハイドラを引き止める。
ハイドラは優しく微笑むと、琥珀の隣に先に黙って横になった。
「移してしまったら……ごめんなさい」
続けて琥珀も横になる。
「移してしまっても……構わんぞ。それも悪くない」
「ありがとう……」
琥珀はそこで言葉を失うように黙り込む。
疑問に感じたハイドラが横を向いて確認すると、琥珀は既に眠ってしまっていた。




