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五十三話『魔人の紋章』

「まったくあいつ! からかいやがって!」

 ぷりぷりと怒るハイドラは、また階段を下っていく。

 宿主の男性も、なんとなく察しがついていたのか、黙ってはにかんでいた。

 そうしてハイドラは宿主に、

「ちょっとだけ散歩をしてくる」

 それだけ告げると、早々に宿を後にした。







「おー。ハイドラの旦那ァ」

 それが散歩を始めて五分後、ハイドラを背後から呼び止めた台詞だった。

 周囲は住宅街で、レンガ造りの家が並んで建っている。人通りも多くない。

 そうなると声を掛けて来たのは、不気味な笑みを浮かべる白い髪の男性しか居なかった。

「なんだ? 俺に何か用か?」

 黒いハットに、黒い服装。はっきり言って、心当りがない。

 ただでさえ今、機嫌が良くないと言うのに、こんなおっさんに馴れ馴れしく話し掛けられて気分が良いものでは無かった。どうせなら美女に声を掛けられれば、メイドへの勧誘のしがいがあると言うのに。と、そんな事を思いながら、ハイドラは男性は睨んだ。

「おっと、怖いねぇ。いや、用って言うほどの事は無いんだけど……」

「すまないが従者が重症なんだ。失礼するぞ」

 急ぎの理由を述べて、ハイドラは再び背を向けて歩きだす。

 男性はハイドラの肩を掴んで引き止めると、前に回って言った。

「まぁまぁ、待ってよ。そう時間は取らせないからさ。それに……旦那の事情は良く知っている」

「なに?」

 ハイドラが眉間にシワを寄せて聞いた。

 対する男性は、飄々と腕を広げて続ける。

「魔方陣。それを聞いて旦那は何を思い浮かべる?」

「……。魔法の詠唱の際に発生するもの……。もしくは俺たちの体に刻まれているもの……か?」

「そうそう。俺が言いたいのは後者。それが一体何か、博識の旦那なら知ってますよねぇ?」

「当然だ。俺たちのご先祖様が、かつて魔人共に刻まれた紋章。俺たち人間を管理すると共に、魔力の供給を行っている……今や生活には無くてはならない存在。それを遺伝的に引き継いでいるんだろう? 俺達は。……そんな話をするために引き止めたのであれば、俺は怒るぞ?」

 より強く睨むハイドラ。

 そこで男性は、低い声で返した。

「あぁ、そうだ。元々は人間を管理するために作られたものだ。故にその魔方陣には個人情報が自動的に刻まれていく。さらに付け加えると、特殊な機器を用いる事によってそれらを読み取る事が出来る」

 男性の真剣な剣幕に圧倒されてしまったハイドラは、情けない事に腰を引いて答えた。

「い、いきなりそれがどうしたんと言うんだ……?」

「……魔方陣を故意に弄る事は、世界的に禁止されているのも知っているよなァ? 旦那」

 ハイドラは冷や汗を流して、黙り込んでしまう。

 男性はそんな様子のハイドラを鼻で笑うと、いつもの調子に戻って続けた。

「まぁまぁ、俺が言いたいのはさ。悪い事はしたらダメだよねぇ。って事」

「……はぁ」

「んじゃ、最後に聞くけど。記憶はどこに保存されると思う?」

 ハイドラは黙って自分の頭を指差すと、男性は笑ってハイドラの胸を指差す。

「ここ。心さ。もっと言うと……魂。記憶は魂に保存されていくんだ」

 ハイドラはオカルトな事を述べる男性に怪訝そうな表情を向ける。

 そこで男性は名刺をハイドラのポケットに突っ込むと、背を向けて歩き出し、手を適当に降りながら言った。

「時間取らせて悪かったね。もし困った事があったら、まだ近くに居るから訪ねて来てよ。なにか力になってあげられるかも知れないよ?」

 なんだったんだあいつは……。と思いながらも、不意に琥珀が脳裏に過ったハイドラは、この場を足早に去っていった。

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