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五十一話『俺はお前が好きなんだよ』

「さて、朝か。寝起きが良いとい言うのは、立派な長所だと思わないか? なぁ、琥珀」

 ハイドラは上半身を起こして両手を上げ、体を伸ばす。窓からは朝日が差し込み、部屋を明るく照らしていた。

 それにしても琥珀からの返事はない。まだ寝ているのかと、ハイドラが視線を傍らへ落とすと、そこには顔を真っ赤にして苦しげな表情を浮かべて眠る琥珀が居た。

 琥珀に限ってまさかな……と思いつつもハイドラは声を掛ける。

「お……おい。どうした? 琥珀よ……」

「う……ん」

 よく見ればひどい汗をかいている。吐息も荒い。

 琥珀は辛そうに瞼をゆっくりと開けると、虚ろな瞳でハイドラを見つめて返した。

「おはよう……ございます……ハイドラ様……」

 掠れた声。無理をして捻り出したかのような声だった。

「苦しいのか……」

 ハイドラは動揺が隠せない様子。琥珀はそこで上半身を起こすと、大きな咳を必死に抑えて言った。

「少しだけ……風邪を引いちゃったみたいです。お気になさらないでください。うつす訳にはいきませんので、部屋を出ていますね……」

 そう言って琥珀はベッドから立ち上がろうとする。

 ハイドラは思わず琥珀の肩を掴むと、力任せにベッドに押し倒した。

 あまりにも突然な事に、琥珀もきょとんとしている。

「あ、すまない。腕が勝手に動いた。……つまりは俺を気遣いたいなら、先に自分の体調を治せって事だ」

「どういう……意味ですか」

「そのままだ。お前が元気にならなければ、俺の世話は誰がする? だから寝てろ。それに……俺がうつした風邪だ」

「……」

 琥珀は何も返せなかった。風邪で辛いのもあるが、ハイドラの言動になんと反応すれば良いのか、純粋に分からなかった。ただ悪い気はしてないのは確かだった。

「しかし参ったな……。薬は屋敷に届けて貰うよう手配してしまった……うーん」

「私なんかに……薬なんて勿体ないです。それも契約書と引き換えられるような薬……」

「馬鹿な事を言うな。確かにあれは万病に効くとされる、いわゆる万能薬だが……お前になら、どんな高価な薬であろうと躊躇い無く使ってやる」

「しかし宿代が……」

「それも馬鹿な質問だ。そんな些細な事、気にした事もない」

「どうしてそこまで優しく……?」

「……分からないのか? 俺はお前が好きなんだよ」

「……」

 さらっと言いやがって。と思う。付け加えてこの状況だと言う事。悪い気はさっきからしてないが、あえて嫌味を述べるとすれば、雰囲気作りだけにおいては、右に出る者はいませんね。と琥珀は無理矢理にハイドラの悪い箇所を粗探しする事によって恥ずかしさを紛らわすしかなかった。

 しかしそれは契約や商談によって培われた立派な能力で、琥珀もそれは理解している。

 それをこんなところで遺憾(いかん)無く発揮するハイドラに、琥珀は呆れたように返した。

「まったく……私を口説いてどうするんですか」

「お前さえ良ければ、いつでも(めと)ってやるぞ」

「なに馬鹿な事を言ってるんですか。私はお言葉に甘えて頂いて、もう一眠りさせて頂きますね」

 琥珀は丸まるように布団を肩まで被ると、ハイドラにそっぽを向く。

 そこへハイドラは昨日のように頭を撫でると、優しい声で言った。

「早く元気になれよ」

 琥珀からの返事はなかった。

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