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五十話『どこの世界に、主と並んで眠る従者が居るのですか』


「助けてくれ! 琥珀!」

 それが目を覚ましたハイドラの最初の言葉だった。

 気がついた時には柔らかい布団に囲まれ、その事に驚きが隠せない様子のハイドラ。

 慌てて辺りを見渡すと、レンガの壁が特徴的な小さな部屋だった。

「お目覚めですか。ハイドラ様」

 聞き慣れた琥珀の声。しかし声はするものの、姿は見えない。

 首を回して探すも、やはり見つからなかった。

「下ですよ。下」

 まるで導くようにそう言われて、ハイドラは上半身を起こす。

 そしてそこで見たものは、傷だらけの体を壁に預けて座り込む琥珀の姿だった。肌寒いのか、体を細かく震えさせている。

「私しか居なくて良かったですね。そんな恥ずかしい寝起きの言葉を他のメイド達に聞かれていれば、きっと幻滅されてしまいますよ」

 まぁ、主が情けない事はメイド間では周知の事だけど。と琥珀は心の中で付け足した。

「ここはどこだ……? 帰ってきたのか……?」

 従者の心配よりも先に、自分の心配か。と既に分かりきっている事に少し落胆しながらも琥珀は首を横に振った。

「違いますよ。ここはハイドラ様の屋敷までの途中にある宿です」

「そうか……。俺を運んでこんな所まで……ご苦労だった。それでお前は……そこで何をしている?」

 あんたの看病に疲れて休んでいるんですよ。とは口が裂けても言えない。

 相も変わらず人を案じる事も出来ないハイドラに、琥珀は苦笑いを浮かべながら返した。

「私だって体力の限界くらいありますよ」

「違う。それくらい分かっている。俺が聞きたいのはなぜ、そんな所に座り込んで体を震えさているのか、と言う事だ」

「……? 寒いから……?」

「だったらなぜ、二つあるベッドの一つに入らないんだ。お前は」

 さも当たり前のようにハイドラは言った。

 露出の多いメイド服で、今が何時頃かなどハイドラには分かりやしないが、確かな冷えは感じる。それは震えて当然と言うもの。それでありながら暖を取ろうとしない琥珀に、ハイドラは心底、疑問を感じている様子だった。

 対する琥珀は、不機嫌そうに広角を下げて返した。

「どこの世界に、主と並んで眠る従者が居るのですか」

「目の前に居るじゃないか」

 ハイドラは笑って返す。

 そして自分のベッドの端を叩いて続けた。

「こっちにこい。ここは既に暖かい」

「え……? で、でも……」

 意外にも意外な返答だった。まさかハイドラから……例え下心があったとしても、そのような言葉が聞けるとは思ってもいなかった。故に琥珀は葛藤する。

 行くか行かないか、表向きは単純な葛藤。しかし実際はそんな単純な物ではなく、行けば主と並んで寝るものではないと、休む場所に床を選んだ自分の判断を無下にする事になり、逆に行かなければ主の好意を無下にする。

 別に行きたい訳でもないが、無駄に悩む琥珀は黙り込んでしまう。

 そうしてもたつく琥珀に、ハイドラは笑顔で言った。

「何をしている。俺が呼んでいるんだぞ。早くこい」

「うーん……。分かりましたよ」

 琥珀は重い腰を上げて立ち上がると、ハイドラの居るベッドへ歩み寄っていく。

 そこで唐突に、ハイドラは琥珀の手首を掴むと、強引に引き寄せた。

「ちょっと、なにを……!」

 思わず琥珀はハイドラに寄り掛かってしまう。

 ハイドラは琥珀の背に腕を回して言った。

「こんなに肌を冷たくして、馬鹿なやつだな」

「なにキザみたいな事を……」

「ふん、生意気な口をきいてないで、大人しく甘えている方が良いんじゃないか?」

「……そうですね」

 そこで琥珀はハイドラに導かれるがまま、ベッドに仰向けになる。そこへ、ハイドラは上布団を被せた。

 変な所だけ気のきくハイドラを琥珀は気色悪く思いながらも、温もりに体を包み込まれる快感に身を委ねていた。

 目を閉じれば、すっと意識が遠退いていく。

 そこで不意にくる頭を撫でられる感覚に、琥珀は思わず脈拍を早くした。

「な、なにをしていのですか……」

「わざわざ目を開けなくとも良い。俺はお前に感謝しているんだ。その気持ちをこうして表しても、別に不思議な事ではないだろう?」

 琥珀は目を閉じて黙り込む。

 別に意識している訳ではないが、言葉にされると照れると言うもの。正直言って反応に困る。

「すまないな。お前ばかりに苦労掛けて」

「……別に構いませんよ。もう慣れましたし」

「そうか。……これからも頼りにしている」

 ハイドラはそこで並んで横になると、琥珀の腹部に腕を回して続けた。

「おやすみ。琥珀」

 既に意識を保つ事も出来ない程に、琥珀は衰弱していた。

「……おやすみ……なさい。ハイドラ様」

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