四十九話『答えてよ』
「……そう言えばシャルルループの件なんだけど。何をしたの?」
「新聞を見て言ってるなら、その通りなんだけど?」
男性は被っているハットを手に取り、それを叩きながら適当に返す。
対して琥珀は真剣な表情で、男性の衣服の裾を掴んで言った。
「だから具体的に何をしたのか、聞いてるんだけど?」
「……」
「答えてよ」
琥珀の頬を大粒の雫が落ちていく。
微かな温もりを宿したそれは顎の先で一瞬留まるも、重みに負けてまた落ち、水溜まりと一つになった。
雨は強くなっていく。
「……殺した。これ以上に無く、具体的だろう?」
「どうやって?」
「……やけにしつこいなぁ。もしかして、あの事を気にしてちゃってたり?」
「うん気にしてる。あの日を忘れた事なんて無い。私にした事を他でしてないか聞いてるの」
男性はそこで屈むと、氷付けになっている狼の頭を撫でて答えた。
「……あぁ、そう言うこと。可愛い事言うんだねぇ……嫉妬かい?」
「ふざけてる?」
「あぁ、大いにな。つまらない事をいちいち気にしてないで、琥珀ちゃんは魂の搾取に勤しんでよ。……それが俺達の契約だろう?」
琥珀はうつ向く。
こいつもハイドラも、契約契約とうるさいな。と言うのが本音だった。
この男性に限っては、琥珀の置かれている状況を知っていて、嫌味のように契約と言う単語を使ってくる。それが琥珀は腹立たしかった。
そうして下を向き続ける琥珀の肩に、立ち上がった男性は手を触れて言った。
「あ、そんな重い感じじゃなくて良いからね。気軽にいこうよ」
「そだねー」
もうどうでも良かった。
「お疲れ様です。それで森の様子はどうでしたか?」
ハイドラを背負って森を出た琥珀を迎えたのは、笑顔を浮かべるロジックだった。
そしてこんな所まで迎えに来られるのなら、始めから自分で調査をしたら良いのに、と琥珀は少し怒りを感じる。
さらに付け加えると、血塗れの自分や気を失っているハイドラよりも先に森の事を気にかけた事が、琥珀の中で何よりも許せなかった。
「……何もありませんでしたよ。まぁ、狼に襲われてご覧の通りですがね」
少し嫌味っぽく返してしまう。
目上の人間に、して良い態度でないのは理解しているが、それでもこの怒りは抑えきれなかった。
しかしロジックはまったく気にしていない様子で、再度尋ねる。
「なるほど……。僕が行っても食い殺されていましたね。……ところで森の中で、あなたくらいの年の女の子を見たりしませんでしたか?」
「……?」
真っ先に感じたのが、そもそもここは禁足地なのでは? と言う疑問だった。
むしろ逆に髪が白い男性とすれ違っていないか、聞きたいくらいだ。
こうして誰も彼もの侵入を許してなにが禁足地なのか。と思う。
「……もちろん見てませんけど……」
「ふむ……そうか、ありがとう。助かりました。それで聞いた話、ハイドラさんは今はお金で困っているとか」
琥珀は困ったような表情を浮かべた。
もちろん困っているのは間違いないが、その質問に答えるのは背負っているハイドラの役目だからだ。
「私に問われても……。また本人に聞いてあげてください」
琥珀は首を回してハイドラへ視線を移す。
肩に顔を預けて静かに眠るその様子は、まさしく子供のようだった。ひとまずはその安眠と捉えられる寝顔を見て、琥珀は安心する。
ハイドラの事はいけすかないが、なんだかんだ言って面倒見の良い所は、誇れる長所だなと琥珀は心の中で付け足して自画自賛した。
「そうですか……。ところで一つ聞きたいのですが、ちょっと表では話せないような仕事があるのですが……興味はありませんか ?琥珀さん」
突然な問い掛けに、琥珀は空を茫然と見上げて考える。
雨は既に上がっていた。
そうして流れていく雲を見て出した琥珀の答えは、
「興味ありませんね」
ノーだった。
対するロジックは、まるでその答えも予測済みと言いたげな顔をしている。
それが少し癪に障るが、ここでは黙っておく事にする。
「ひとまず主を安全な場所に連れて行きたいので、失礼しますね」
そうして小さく会釈してロジックの横を通り過ぎて行く琥珀の背に、ロジックは囁くように言った。
「ハイドラさんでしたら……なんと答えたでしょうね?」




