四十八話『間に合うと良いねぇ』
「まぁまぁ。全滅はやめてあげてよ。生態系が崩れちゃう」
その人物は狼の群れを手で優しく押し退ける様にして、琥珀へ歩み寄っていく。
「あなたがどうしてここに……。禁足地ですよ……ここ」
白い髪の男性だった。
「じゃあ琥珀ちゃんがここに訪れた事によって禁足地で無くなったからかな」
「はぁ?」
「そんな怖い顔しないでよ。そんな事より、俺犬コロ好きなんだよねぇ」
既に目前の距離まで近付いている男性は、傍らに立つ狼の頭を両手でわしゃわしゃと撫でる。
それまでは警戒して黙っていた狼だったが、そこで男性に噛み付いた。それを男性は全力で体を捩じらせて転がるように回避すると、慌てて言った。
「あっぶね!」
「さっきから何がしたいの……?」
「え? 何って? 決まっているだろう? 琥珀ちゃんを守りに来たんだよ。俺としてはここで死なれても別に構わないけど、もう少し満喫したいだろう? 人生を」
「……」
「なーに黙り込んじゃってるの。まぁ、見ててよ」
男性はそこで立ち上がると小さく跳ねて腕を回す。
琥珀は首を傾けて聞いた。
「何を?」
「全滅させるんでしょ? ……だったら俺が手っ取り早くしてやるよ」
男性はそこで黒い上着を脱ぎ琥珀に被せると、
「上位火魔法『フレア』」
魔法名を口にし、気怠そうに片手を天に掲げる。
するとその手の先に小さな火球が浮かび上がり、それは急速に膨張し始めた。
チリチリと痛みとなって肌に伝わってくる温度に、琥珀は思わず目を細めてしまう。
周囲を赤く不気味に照らし、狼達もその場で立ち竦んでしまって居る。
そうして周りの木々を飲み込んでしまいそうな程に膨れがった所で、男性は笑って言った。
「あ、そうだ。琥珀ちゃんの主、大丈夫?」
それを聞いて琥珀はハイドラの居る木の方へ咄嗟に駆け出した。
「間に合うと良いねぇ」
男性が腕を振り下ろす。
その瞬間、巨大化した火球は大爆発を起こし、爆音と共に強烈な熱風を発生させ、周囲の木を燃やし薙ぎ倒した。
近くに居た狼たちは毛皮に炎が引火し火だるまとなって、のた打ち回る。
そこで男性は空気を掴むように宙で手を握ると、そこに爆発の余波が集まるように唐突に場が静まり返った。
しかしそれでも乱暴に倒れる木々や、徐々に動きを鈍くしていく狼達から火の手が弱まる事は無く、男性はその死屍累々(ししるいるい)とするこの場を一望して言う。
「やり過ぎちゃったかなぁ。……あぁ、俺この有機物が焼ける臭い駄目だ」
男性が鼻を押さえてそう言った瞬間だった。男性の肩に一粒の雨水が当たった。そしてそれに続くように立て続けに雨が降り注ぎ、男性の衣服をあっと言う間にずぶ濡れにしていく。地面に一瞬で水溜りが出来るほどの強烈な雨だったが、それでも鎮火はしなかった。
「俺、雨男だなぁ。じゃあ山火事になる前に……。いや、山じゃないな……森火事? まぁ、なんだって良いか。最高位氷魔法『フリージングフォース』」
自問自答して男性は手を叩くよう合わせるとそこから眩い光が満ち溢れ、目視できない程に周囲を明るく照らした。
そしてその光が消え失せた頃には、周囲の木々や死骸、そしてうねり上がる炎をその形のまま真っ白に凍結させていた。
振っていた雨も霰へと姿へ変えて地に降り立つ。が、すぐに新たな雨が降り注いだ。
男性は、気を失うハイドラを背に抱えて背後から恐る恐る歩み寄ってくる琥珀へ振り向いて言う。
「大丈夫? そいつ生きてる?」
「……おかげさまでね」
琥珀は嫌味と共に、上着を投げて返した。
男性はそれを受け取ると、楽しげに尋ねる。
「そいつは良かった。ところでこの森がなんで禁足地になったか、琥珀ちゃんは知ってるかい?」
「知らない」
「ここは魔女の森。忌避される魔女が住んでいた事によって、立ち入りが禁止された」
「……今も?」
「……魔人魔女は全滅した。千年前にな。人間との全面戦争によって負けたのさ」
琥珀は既に興味が無さそうに「ふーん……」と適当に返すと周囲を見渡す。
なんとも悲惨な状況だった。不自然な自然現象。いわゆる魔法によって引き起こされた……それも上位や最高位と言った強力なものによる無残な自然の姿を目に焼き付ける琥珀。そこで一つ小さな疑問が浮かび上がった。
「全滅はやめてあげてって、あなたが言った癖に」
「噛み付かれたから正当防衛。それに一匹だけ逃げて言ったから全滅じゃないしな。人間はいつだって自分勝手なもんだろう? 動物園だってそうだ。俺はああ言うのは好きじゃないんだよねぇ」
人間はいつだって自分勝手。それには大いに同意する琥珀。ハイドラもこの男性も実に価値観が良く似ているなぁ、と琥珀は付け足して思った。そしてそこで、もう一つ疑問が浮かぶ。
「……そう言えばシャルルループの件なんだけど。何をしたの?」




