四十五話『良い返事が聞けて良かったです。』
「シャルルループ一族……皆殺しだと? 誰がそんな事をしたのか知らないが、実に好都合だ。これで俺も安心して日常を過ごせると言うもの」
ハイドラは再びベッドに横になると、腕を広げて体を思う存分に伸ばす。不安と言う重みから、心身共に解放されたのだろう。
しかし新聞を持ったまま硬直する琥珀だけは、重く曇った表情をしていた。
「絶対あの人が何かしたんだ……」
その時だった。不意に若い青年の声が至近距離から琥珀に届く。
慌てて声のする方へ振り向くと、若い青年が苦い笑みを浮かべていた。
「お読みになられましたか……?」
まさか自分が青年の接近に気付かなかったとは信じられず、周囲を見渡す琥珀。
ハイドラは、青年が部屋に入って来ていた事に気付いていたようだった。
それほどに琥珀は、思い悩んでいたのだろう。
「大丈夫ですか? あなたも具合が悪いのですか?」
「だ、大丈夫です」
「新聞の件ですよね?」
まったくもってその通りだった。
この若い青年も、強い権力を持っている方では無いが、貴族の端くれ。シャルルループとハイドラの件が耳に入っているのだろう。
ただ琥珀が気になるのは、その青年がわざわざ新聞を渡し、つまりは何かを勘ぐっていると言う事。
ここは様子を見てみる事にする。
「そうですね。衝撃的でした」
「私もビックリしましたよ。……それでこの件、どう思いますか?」
ここで琥珀は確信する。
この青年は確かな意図を持って、疑問を投げ掛けていると言う事を。
相手の質問を終わらせるように答えたのに、まだその話を続けようとするのが良い証拠だ。
まだ青年の目的がハッキリと分からないだけに、その目的も分からず相手の要望に答えるのは少々、癪だった。
「どう思うも何も、恨まれていたんだなぁ。と言うのが率直な感想ですね。……えっと、あなた様はどう思いですか?」
「……あはは。僕の名前はロジックベンゼン。ロジックと略してくれて構わないよ。……それで僕の考えだけど……その新聞の記事だけじゃ、それが誰かの企みなのか、それとも事故か、判断が付かないと思うんだよね。そしてそのどちらでも、十分にあり得る」
琥珀に取っては、前者でしかあり得なかった。どう考えても、あの人の仕業。しかし、ここでは伏せておく事にする。
「なるほどですね。そこまで考えてもいなかったです」
そこで青年は「ふーん……」と声を漏らすと、琥珀を意味ありげに一瞥する。
隠している事がバレたか……? と琥珀は思わず目を泳がせそうになるが、ここは強気で返した。
「私に、なにか?」
「いや、もしかしたら今回の事件について何か知っているんじゃないかな、と思って……そしてあるいは、関係していたりしないかなーと。でも、どうやら無関係のようだね」
一体、自分の何を見てそう判断したのか琥珀は疑問だった。
そうしていると青年は、ベッドの上で疑問符を並べているハイドラへ視線を移した。
琥珀も、そのちんぷんかんぷんと言った様子のハイドラへ視線を移して、なるほどそう言う事かと納得する。
だが、青年の目的はまだ分からなかった。
「どうしてこの事件について知りたかったのですか?」
「あぁ、それはね。話せば長くなるのだけど……ここ、ファフニールアルファ領では、それなりの数の貴族が暮らしているの周知の事だよね?」
琥珀は相槌で返事をする。
「それが今は、二つの大きな派閥に別れてしまっているんだよ。そしてシャルルループは僕にとって対になる派閥だった。君達が襲われたのは、最近急激に力をつけ始めたからね、目をつけられたのだろう。それが奴らのやり方だ」
「それで今回の件。派閥が関わっているのでは無いかと、探りを入れていたですね?」
青年はそこで爽やかに笑って答えた。
「それもあるんだけど、本当の目的はハイドラさんを僕達の派閥に迎え入れる事。……ハイドラさんは今、無派閥だからね。格好の餌食なんだよ。また誰かに狙われるなら……僕達の派閥に加わるだけで、抑制力にはなると思うんだ」
この件に関しては、琥珀が答える訳にはいかなかった。
判断を煽るようにハイドラへ振り向くと、早くも既に手を差し伸べていた。
「何て優しい提案なんだ。ぜひよろしく頼む」
即決だった。
青年もスタスタとベッドに歩み寄っては、その手を力強く握り返す。そして満面の笑みを浮かべて言った。
「良い返事が聞けて良かったです。……ミスターハイドラァ」




