四十四話『でも私、召し使いです』
「だーかーらー俺が突っ込んだじゃないって言っているだろう!」
「じゃあ、なんですか?! 私が勝手に指を口に運んだって事ですか!」
「そうだ!」
「そんな事あるはず無いじゃないですか!」
そう言った琥珀はタオルを浸す為の水が入った器を、腹で抱えるように持ち上げた。
そしてふと、なぜ他人の屋敷で変態を押し付け合っているのだろう。と、どこか悲しくなる。
琥珀は部屋の出口に向かいながら、大きな溜め息をついた。
ここで言い争っても、ハイドラが権力をちらつかせ、そのまま言い負かされるのは分かっている。無駄にストレスを抱えるのはよそうと、今抱えている器の水面に視線を落とした。
揺れて映る自分の姿は、鏡で見るより綺麗に見えた。不鮮明に映る分、都合良く脳が補正しているのだろう。
琥珀はそこでまた大きな溜め息をついた。
「さっきから溜め息ばかりうるさいな。それにどこに行くのだ?」
「水を捨てに行くのですよ。もう必要無いですから」
そう言って琥珀は部屋の扉の前に立つ。そしてそこで少し扉を眺めては、呆然と立ち尽くした。
……両手が塞がってて扉が開けられない。いや、頑張れば開けられない事は無いのだろうが、それはきっと実に面倒くさい。気のきく人が居ればなぁ、と琥珀が心の中で愚痴を漏らしていると、不意に扉が開かれた。
思わず扉の先を怪訝そうに眺める琥珀。そしてそこから姿を現したのはこの屋敷の主、若い青年だった。
「やはり目を覚まされて居たのですね。二人の言い合……いえ、会話が聞こえてきたので、もしやと思っていたのですよ」
青年はそこで視線を落とすと、素早く琥珀の抱えている器を奪い取り続けた。
「あ、私が預かります。客人にさせる訳にはいきませんから」
「でも私、召し使いです」
「では、主の側に居てあげてください。ここではあなたも客人です」
良い人だなぁ。と率直な感想。そして主と比べては、苦い笑みを浮かべる琥珀。
その隙に青年は片手に器を持ち変えると、余った方の手で琥珀に折られた紙を渡した。
琥珀は青年に負担を掛けない為にもすぐに受け取る。
「こ、これはなんでしょう……?」
「いやぁ、退屈だろうと思って。こんなものしかないけど……」
琥珀はその紙へ改めて視線を移す。
それは新聞だった。
「次はきちんとお礼を言ってくださいね」
「うるさいな、分かっている。奴がすぐに部屋を出ていったから、タイミングを逃しただけではないか。……そんな事より、何を貰ったのだ」
「しーんぶんですよー」
琥珀はそこでバサバサと新聞を振りながら答えた。
そしてそこで、ある事を思い出す。
「新聞……見とけよって……」
「あん? なんの事だ?」
記憶の無いハイドラを無視して、琥珀は新聞を広げる。
そして恐る恐る読み上げた。
「シャルルループ一族……皆殺し……?」




