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四十二話『さようなら。お父さん』

「さようなら。お父さん」

 幼い少年の声が静かに響き渡る。そしてそれは、玉座に腰掛ける中年の男性に向けられたものだった。

 素足の少年は大理石の床から伝わる冷たさを誤魔化すように、片足で片足の脹脛ふくらはぎを掻く。また、綺麗に整えられた髭を撫でる男性からの冷たい視線からも逃れる様に、少年は視線を逸らした。

 緊迫する雰囲気の中で、宮殿のような立派な部屋の照明が突如落ち、不意に薄暗くなった王の間で男性は少年の別れの挨拶に答える。

「あぁ、さようなら。白雨はくう

 男性は少年を恨むように睨み、そして不敵に笑っていた。

 また、幼き少年も口角をゆっくりと上げ、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

「あとは時雨しぐれにでも託してよ――」








「俺は……。何をしていた……?」

 ハイドラが目を覚まして最初に見たものは、見知らぬ天井だった。

 重たい上半身を起こして周囲を見渡すと、これまた見知らぬ清潔間のある普通の部屋。病院等の施設ではなく、生活感に溢れた部屋だった。そしてベッドの端に顔を預けて座ったまま眠り込んでしまっている琥珀が居た。

「おい、起きろ。琥珀。ここはどこだ?」

 琥珀からの返事はない。ただ返ってきたのは、

「うーん……むにゃ」

 これ以上になくベタな寝言だった。

 そして不意に見る寝顔に、ハイドラは目を奪われる。

「やはり可愛い顔をしている。俺の目に狂いは無かったな」

 ハイドラは琥珀の頬を二度三度、突く。その度に眉間にシワを寄せるのがハイドラは堪らなかった。思わずにやけてしまう。

 今度は指先を頬に押し当ててみた。弾力がほどよく抗うが、その小さな抵抗が心地良い。

 柔らかい頬が指の圧力に沿って凹んでいるのが、実に評価が高かった。

「素晴らしいな」

 そのまま指先を這わせ、今度は血色の良い唇へ重ねる。

 そうしてぷっくりした感触を楽しんでいた次の瞬間だった。

 かぷっ。擬音語であれば、恐らくそれが一番適切だろう。

 どんな夢を見ているのか、琥珀が指先を咥えてしまった。

 突如、指先から伝わる生暖かさにハイドラは思わず体を震えさせる。

「はぁ……ん!」

 そして自分でも気持ちが悪いと感じる程の裏返った声をあげた。

 それでも琥珀は目を覚まさず、ずっと指を咥えていた。

 そしてそれは好都合だと、ハイドラは思う存分に口内の感触を楽しむ。

 まずは歯を撫でてみた。

 コツコツと指を刺激する歯の凹凸が実に心地が良い。

 そして次に舌に触れてみた。……ところで、ハイドラにとって非常に残念な事態が発生する。

 と言うのも琥珀が、パチリと目を開け、まだ状況が掴めていないのかその目を丸くしていた。

「ふぁいおらさま……?」

 徐々にその目を細め、鋭い目付きでハイドラを睨む。

 こうなってしまったら、もう何をしようが同じだ。と、ハイドラは怯まず琥珀の舌をなでなで。

「んっ……」

 と、琥珀が妖艶な声を出した途端、二人の時間が一瞬止まる。

 すると琥珀は我を思い出したかのように、すぐにその手を抜き取ると、そのままメイド服で指の唾液を拭き取った。

 そして少し頬を染めて言う。

「勘違いしないでください。今のは急に指を動かされた事による驚きと、ただ吐き気がしただけです」

 その表情はただ照れていると言うよりは、多少の怒りを含んでいた。

 それでもハイドラはニヤケは止まらなかった。

「可愛いなぁ」

 低い声で返事が返ってきた。

「気持ち悪……」

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