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四十一話『この契約書を第三者に譲渡する事を固く禁じる。』

「ハイドラさん……大丈夫ですか?」

 そう言ったのは、商談相手である若い青年だった。

 取引の場として相手の屋敷へ訪れ、そのまま応接間に案内され、そしてその僅か数分後にハイドラを案じるその言葉が掛けられた。

 この青年の目がおっとりと垂れている事と柔らかい物腰のせいで、実に慈愛に満ちた心配に感じる。

 それにしても、商談相手にまで心配をされるとは実に情けない話だと、ハイドラの背後に立つ琥珀は思った。

「あ……あぁ……。我は元気だ」

 座椅子にだらしなく腰掛け、ハイドラは虚ろな目で青年を見つめ返した。

 青年も苦笑いを浮かべて返す。

「でしたら良いのですが、あまりご容態がよろしくないように見えるので……」

「そんな事はない……。話を戻すぞ。契約書を渡すのにも注意点がある。これは警告だと思って聞いてほしい」

 ハイドラはそこで息を吸うと、大きく深呼吸をして続けた。

「第一に、この契約書によっていかなる事態になろうとも俺は一切の責任を負わない。次に、この契約書を第三者に委託する事を固く禁じる。そして最後に、契約の効力は何があろうと絶対だ。それに許諾出来るなら、商談成立だ」

 それを聞いた青年はそこで一度俯くと、すぐに笑顔をあげて返事をした。

「構いません。許諾します」

 ハイドラは椅子の肘掛けに手を付いて上半身を起こすと、水を(すく)う様に両手でお椀を作る。

 そしてそこに小さな煙と共に、宝の地図のように丸められた一枚の紙が現れた。

「ならば良い。これは上手く使えば便利だが、一つ間違えれば身を滅ぼす。そんな奴を俺は何人も見てきた。あなたがそうならない事を祈っている。さて……」

 ハイドラはそこで立ち上がると、背後でずっと黙っていた琥珀を見て続けた。

「帰るぞ……」

 しかしそう言った直後だった。

 ハイドラはその場に音も立てず、倒れ込んでしまう。

 まるで映画のワンシーンのように静かに、コトッ……とだけ僅かに床を鳴らしては、寝そべるハイドラは身動き一つしなかった。

「ハイドラ様……?」

 琥珀に真っ先に(よぎ)ったのがこの屋敷の主、この若い青年に何かをされたのか。と言う事だった。

 すぐさま若い青年へ視線を移すが、これ以上になく酷く取り乱している。両手を泳がせて、わたわたとその場で落ち着きを無くしているこの青年が、犯人だとは琥珀には思えなかった。

「しっかりしてください!」

 屈んでハイドラの体を揺らした。当然返答は無い。

 琥珀も徐々に動揺していく。しかしどこか冷静な自分が居た。その証拠に、この後の対処を脳裏の片隅で考えてしまっている。薄情だとは思うが、ここで自分までもが取り乱してしまっても仕方が無いと言うもの。

「ハイドラ様!」

 その声はハイドラには届いていなかった。

 そうしてハイドラは目を覚ますまでの間、長い夢を見る事になる。

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