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三十九話『ちょっと普通の人じゃ無いみたい!

「あなた様! 私、片付けばかりで疲れた!」

 そう言った声の主は颯爽と部屋に立ち入ると、ベッドの方へ駆け抜け、琥珀の横を通り過ぎて行く。

 そしてメイド服を着た琥珀より一回り小さいその少女はあろう事か、ハイドラが寝込んでいるベッドへ豪快にダイブした。

 ボフッと柔らかいベッドが押し潰される音と共に部屋に響いたのは、ハイドラの悲鳴だった。

「オフッ……! お前……どういうつもりだ……」

 首を浮かして、体の上に重なる少女を確認するハイドラ。

 すると少女は、満面の笑みを浮かべて言った。

「あなた様! 私疲れた!」

「それを伝えにわざわざ来たんじゃないだろうなぁ……?」

 ハイドラの表情に笑みは無かった。むしろ怒っているように感じる。

 しかし少女はそれをまったく気にしてない様子だった。

「違うよ! あなた様! 来客です!」

「来客だと? こんな夜だと言うのに……? 断れ……」

 少女は跳ねるようにベッドから降りると、首を傾げて再度尋ねる。

「それがあなた様がお会いにならないと、酷い事をするって笑って言っていたそうですよ! ちょっと普通の人じゃ無いみたい! メイド長が応対してくれているみたいですけど、あなた様を呼んでくれって言ってました! ……ほんとに断って良いですか?」

 メイド長はなんだかんだ真面目な人間だ。そのメイド長が、主であるハイドラを呼ぶとなると、よほどの状況なのだろう。

 ハイドラは重い腰を上げて言った。

「くそ……。どいつもこいつも……。琥珀……共に来い」

「はーい」

 危機感の無い返事にハイドラは呆れるが、今はそんな事を言っている暇はなかった。

 今の情報が正しければ、下手すればメイド長も危ない。

 そうして足早に部屋を後にするハイドラの背に、少女は笑顔で言った。

「あなた様! 気を付けて! 敵は強力な遺伝魔法を持っていましたよ!」

 ハイドラの足がピタリと止まる。

「……それはまことか?」

 振り向かず前を見続けてハイドラは言った。

 先程から敬語と話し言葉が混じったような……言うなれば従者としての立ち振舞いとは思えないような言動をするこの少女を、ハイドラが許容するのには訳がある。

 それはこの少女がメイド長に次ぐ実力者である事と、

「私の目で見たんです。間違いないですよ!」

 その目で見た者の遺伝魔法の力量を測る力があるからだ。

 そして今回、少女は客人をハッキリと敵と言い切った。つまりそれは、客人が敵とハッキリと認識出来るよな立ち振舞いであったと言う事。

 ハイドラは風邪が緊張か、もはやどちらの物か分からない冷や汗を流す。

 そこへ相変わらず緊張感の欠ける琥珀が尋ねた。

「ハイドラ様。遺伝魔法ってなんでしたっけ?」

「……遺伝魔法とは言葉の通り代々受け継がれる魔法の事だ。おれの契約の魔法もそれに当たる。親から子へ受け継がれる時、その特性を僅かに変化させる事もあるが基本は変わらないのが特徴だ」

 ハイドラはそこで得意気に腕を広げて続けた。

「我が弟が血で契約を結ばせるのに対して、俺はお上品に(しょ)を持って契約を結ぶ。こうしてやり方こそ違うものの、契約の魔法自体に変わりはない。分かったか?」

「それは分かりましたが、それのどこが危険なのですか?」

「考えてみろ。お前も知っているように、魔法の習得は強力であればあるほど比例して難易度も跳ね上がる。しかし遺伝魔法となれば、それも関係ない。強力な魔法も勝手に習得済みなのだぞ? 恐ろしいな。まぁ、基本的な魔法くらいしか扱えんお前には理解が及ばないと言うのは仕方がない事だがな」

「ふーん……」

 結局はその程度か、としか思えなかった琥珀。

 遺伝魔法であろうが、そうでなかろうが、魔法である以上警戒するに越した事は無い。遺伝魔法だからと言って、警戒しているようでは遅いのでは? と、加えて思う。

 ただ、遺伝魔法を扱うのは主に貴族だと言う事を考えれば、敏感になるのは実に頷ける。琥珀の経験則的には、貴族にまともな人間なんて数えるほどにしか居なかった。ハイドラしかり、シャルルループしかり、ファフニールアルファしかりだ。

 琥珀はそこで、ふと疑問に思う事があった。

「そう言えば……シャルルループはどんな遺伝魔法を持っていたのでしょう?」

 廊下へ進んでいくハイドラがその問いに答えた。

「魔法防壁を発生させる魔法だ。奴は自分の家系の遺伝魔法を研究した結果、魔法防壁発生装置を完成させたのだ」

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