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三十八話『変わりに金を稼いでくれ……』

「シャルルループの追っ手がいつ俺を狙って来てもおかしく無い状況なのだろう?」

 ハイドラの部屋。そこでベッドに腰掛けてラフな格好をするハイドラはそう言った。

 対して琥珀はティーカップに紅茶を注ぎながら答える。

「まぁ、あり得ない話では無いかと」

 そこでハイドラはおもむろに両腕を広げて、高らかに言った。

「では俺はお前にボディーガードを任命する。そう、つまり護身用琥珀だ……!」

 何が護身用だ。と、笑いを誘っているつもりなのか、人をイラつかせたいのかよく分からない発言にハッキリと、面白くないですよ。と言いたい今日この頃の琥珀。

 しかし考えようによっては屋敷の片付けから逃れられるのでは無いかと悪知恵を働かせる。

「……では私はハイドラ様に付きっきりでお守りすれば良いのですね?」

「そうだ!」

 食いぎみの返答。

 これは、ラッキーっと心の中で浮かれざる得なかった。

 琥珀は笑顔で答える。

「はい、かしこまりました」

「よしっ! では身の回りの世話は主に琥珀にして貰って、片付けは他の者に当たらせるとしよう!」

 うんうんっ、と何度も頷く琥珀。

 身の回りの世話は確かに面倒だが、それでも重い物を運んだりしなければならない片付けよりはずっとマシだな、やほーい。と、琥珀が浮かれていたのも束の間。

 その晩から、ハイドラの具合が悪くなってきた辺りから琥珀には嫌な予感が走っていた。






「た、助けてくれ……」

 そう言ったのは、顔を真っ赤にするハイドラだった。額には濡れタオルが乗っている。そう、風邪だった。

 ひ弱なハイドラに無茶をさせたのだ。当然と言える。

そして身の回りの世話を任せられた琥珀が、それこそ付きっきりで面倒を見る事になっているのも、実に当然の事だった。

「……助けるも何もハイドラ様が頑張るしかありませんよ。それに全力で私もサポートしてます。……はぁ」

 主が弱って朦朧(もうろう)としている事をいい事に、琥珀は堂々と溜め息を付く。

 まさかこんな事になろうとは……。と数時間前の自分を呪った所で既にもう遅かった。

「……病院行きますか?」

「病院は嫌だー……。注射など俺は許さない……」

「では明日の商談の予定はどうするのですか?」

 まるで子供のような戯言を述べるハイドラに、琥珀は呆れたように返す。

 こんな状態で商談など行えるはずもない。それだけが生活の生命線だと言うのに、どうするつもりなのか。

「商談は……断る……」

 無責任な。と心の中で吐き捨てる。繰り返し疑問だが、金も稼げずにどうやって生活していくつもりなのか。貯蓄、貯金はあるのか。徐々に怒りとなりつつこの思いをぶちまけてやろうかと思っていれば、ハイドラがとんでもない事を言い出した。

「琥珀……。変わりに金を稼いでくれ……」

 あぁ、クズだ。

「は?」

 クズと言う直接的な言葉はなんとか伏せられたが、態度は隠せなかった。

 すぐさま誤魔化すように続ける。

「私には無理ですよ。それに意味が分かりません。あなたから生活の保障とお金を貰うために働いていると言うのに、私がそれを差し出しては立場が逆転してしますよ?」

「ぐぬぬ……」

「ぐぬぬじゃ無いですよ。まぁ、どうしても稼いで欲しければ、契約で従わせれば良いんじゃないですか?」

 琥珀はハイドラの額の上のタオルを変える。

 ハイドラは回る視界を瞼で閉じて言った。

「……無理だ。俺の契約はその人物の能力を越えた事は出来ない。つまりスラム街で過ごすしか能が無かったお前に金を稼いでこいと命令したところで、持って帰ってくるのは鉄クズくらいだろう」

 お前がクズなんだよ。と言いたい所だったが、無言の笑顔で対処する。

 それに琥珀にとって問題は金では無かった。

 そんな事よりもっと恐れるべきは、シャルルループの関係者からの襲撃。ハイドラが討ち取られようと知った事では無いが、それに 巻き込まれる側としては、たまったものじゃ無かった。

「まぁ、それはそうとして、ハイドラ様。もしシャルルループから敵討ちに来た人が現れたらどうするおつもりですか?」

「……」

 ハイドラからの返事は無い。きっとハイドラ自身も悩んでいるのだろう。

 そうして居ると、不意に部屋の扉が開かれた。

「だ、誰だ……? ノックもしないで……」

 一早くそれに気付いたハイドラが掠れる声でそう言った。

 そうして返ってきた言葉は、とても元気の良いものだった。

「あなた様! 私、片付けばかりで疲れた!」

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