三十七話『殺しておきました!』
「おーい。琥珀ー」
聞き慣れた情けない声。まるで甘える様に発声されたその声を、素直に気色悪く思う。
琥珀は声のする方へ、背後へ振り向いて言った。
「ハイドラ様。早いお帰りですね」
よもやこんなに早く帰ってくるとは思いもしなかった。おかげで屋敷の片付けも終わっていない。そもそも無事に帰ってこれた事自体が驚きだった。どうやって?と失礼な事を思う。
「それにしても、ちゃんと帰ってこれたのですね」
「あぁ。領主?と言えば良いのか?意外と話の分かる人間だったぞ。許して貰えた」
「……え!?人を間違ってませんか!?」
「この辺の地名にもなっている名だ。間違えるはずもない。ファフニールアルファだろう?」
ファフニールアルファ。それがこの地の名であり、同時にこの地を治めている人物の名だった。当然、この地方では最高の権力者である。
そして琥珀が良く思っていない人物でもあった。
「そう……ですね。間違いようなんて無いです。私達がスラム街で貧困な生活を送っていたのは、ファフニールアルファによる政治にせいですから」
話せば分かる人間……?直接話した事は無いが、見た事はある。その容姿を度々(たびたび)目に焼き付けては、こいつのせいで……!とよく恨みを膨らませたものだ。そこからの勝手なイメージが一人歩きしたのか、極悪非道の冷たい人間だとばかり思っていた。
まぁ、仮に話せば分かる人間だとしても、それは貴族であるハイドラへの対応。スラム街の人間が話し掛けた所で、どんな対応をさせるのか、すぐに想像出来る。
「まぁ、なんにせよだ。これで一件落着と言う訳だ」
ハイドラは腰に両手を当てて、ワッハッハと笑う。
呑気なオツムだなぁ。とハイドラの事を心の中できっと見下してしまっている琥珀は自分の唇を人差し指を突いて言った。
「……ほんとに一件落着ですか?私、屋敷の裏で怪しい人物がうろうろしてるのを見掛けましたよ?……シャルルループからの追っ手では?」
「……おいおい。それをまことか?……そうか、保安機関は動かずとも、シャルルループの関係者が俺を恨んで狙う可能性は大いにありえるのか……。そしてお前はそいつをどうした……?」
琥珀はえーと……と言葉を詰まらせる。そして左手の手の平を、握られた右手で叩いて答えた。
「殺しておきました!」
何かを閃くように、それも元気良くそう告げた琥珀に、ハイドラは掛ける言葉が見つからなかった。いわゆる何から突っ込めば良いのか分からない。そんな状態だ。
そして琥珀は、そのまま話題をすり替えるように続けた。
「そう言えば、地下には何があるのですか?」
唐突に発せられたその言葉に、ハイドラは一瞬思考を停止させてしまう。
そして冷や汗を流して答えた。
「な、何の事だ……?」
分かりやすい反応だなぁ。と琥珀は心の中でほくそ笑む。そう言う所だけは可愛いと思いますよ。と付け足して言いたい所だったが、話が拗れるのて止めておく。
「とぼけているんですか?厳重に二重扉で守っているじゃないですか」
「別に何も守ってなどいない……。そして付け足すと、俺にも踏入られたくない事もあるのだ。それ以上の詮索はよせ……」
ふーん。と琥珀は笑みを浮かべた。
あまりしつこく聞いて機嫌を損ねられても面倒だったりするので、ここは大人しく引き下がる事にする。
取り敢えずは、地下にハイドラの秘密がある事だけは分かった。それだけでも十分な収穫だった。
「まぁ、別に興味もありませんけどね。では私は片付けに戻りますので」
そう言って背を見せ、去ろうとする琥珀の手首をハイドラが掴んだ。
そして首を回して振り向く琥珀の目をハイドラはじっと見つめる。
「な、何ですか……」
「……お前は俺の部屋に来て貰う」




